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| 所在地 | 青森県西津軽郡鯵ヶ沢町大字種里町 |
| 交通機関 |
JR五能線 鯵ヶ沢駅下車 バス城址公園下車 徒歩5分 バス本数少なし |
別 名 | 光信公の館 |
| 略 歴 |
津軽藩祖、南部光信の居城。 延徳3(1491)年、津軽奪回を企てる安藤氏の侵攻を抑えるため、南部下久慈からこの地に移り住んだ南部光信は、この地に種里城を築城し、津軽制覇に乗り出した。 種里城は、赤石川上流に位置しており、南側後背地は大柳沢山嶺によって守られており、北側海岸沿いに赤石館・赤石城などを前線防御のために築き、対馬弥右衛門・津軽甚三郎などを配して防御を固めた。 文亀2(1502)年、3代盛信は、鼻和郡大浦郷の西根城を改築して大浦城とし、居城を移したが、種里城は津軽氏発祥の地として城代が置かれた。 元和元(1615)年、種里城は、一国一城令により廃城となったが、始祖光信の眠る聖地として崇められた。 |
| 現 況 |
城址は赤石川上流に存在し、現在は主郭に「光信公の館」という資料館が置かれている。 城址は、光信公の館背後に主殿跡が平面復元されており、主郭西側の鞍部には、始祖光信公の墓所と、家臣奈良貞親の墓所が存在している。 主郭は西側が高く、東に向かって段々に築かれており、周囲には家臣屋敷や海蔵寺跡・長勝寺跡と伝わる郭があるが、主郭以外は発掘も思うように進んでいないそうである(光信公の館管理者談)。 なお、公共交通の非常に不便な場所なので、訪城には、鯵ヶ沢からのタクシー利用をお奨めする。 (陸奥赤石駅は列車本数が極端に少なく、同駅からのバスは無いに等しいので、絶対にお奨めしない。) |
![]() 種里城址碑 |
![]() 津軽藩発祥之地 碑 |
![]() 種里城東側 |
![]() 登城路 |
![]() 登城路と虎口 |
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![]() 虎口 |
![]() 虎口 |
![]() 虎口 |
![]() 光信像と 光信公の館 |
![]() 腰郭 |
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![]() 主郭下段 |
![]() 主郭段 |
![]() 井戸跡 |
![]() 本丸跡標柱 |
![]() 主郭下段 |
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![]() 主殿跡 |
![]() 主郭西側 |
![]() 搦手 |
![]() 搦手虎口 |
![]() 空掘 |
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![]() 主郭櫓台 |
![]() 主郭西の空掘 |
![]() 南部光信墓 |
![]() 家臣 奈良貞親墓 |
![]() 堀状の沢 |
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![]() 主郭西側 |
![]() 主郭西側土塁 |
![]() 主郭土塁南西端 |
![]() 主郭土塁南西側 |
![]() 切岸 |
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![]() 主郭段 |
![]() 主郭段 |
![]() 板碑 |
![]() 主郭西北側 |
![]() 坂虎口 |
![]() 大手虎口 |
![]() 北側谷地 |
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