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| 所在地 | 青森県東津軽郡外ヶ浜町三厩龍浜 |
| 交通機関 | JR津軽線三厩駅下車 三厩地区循環バス龍飛崎灯台行き龍飛下車 徒歩約10分 | 別 名 | 函館要塞・龍飛崎台場 |
| 略 歴 |
日露戦争時、ロシア艦隊の津軽海峡突破、ウラジオストック入港を阻止するため、海峡東西出口の制圧を目的として、明治31年より建設を開始した。 これが、函館要塞の始まりであるが、龍飛崎に砲台が設けられたのは、昭和15年頃の、大東亜戦争開戦間際の事であった。 帝國陸軍は、15サンチ加濃砲4門を龍飛崎に装備し、海峡防衛の任に当ったが、既に時代が変わっており、制海権より制空権の確保が必要となっていたため、対空、対潜能力に劣る要塞砲は、米軍潜水艦の津軽海峡跋扈を抑制する事ができず、目前での青函連絡船の撃沈をすら、防ぐ事ができなくなっていた。 昭和20(1945)年、太平洋戦争の敗戦と共に、龍飛崎砲台は、廃止された。 |
| 現 況 |
龍飛崎砲台は、龍飛崎休憩所付近と、龍見橋を挟んだ南側に15インチ加濃砲4門が設置されていた。 龍飛崎休憩所裏には、砲台台座の跡が残されており、龍見橋の南側には「津軽要塞重砲兵聯隊竜飛砲台跡」標柱が建っている。 |
![]() 津軽要塞重砲兵 聯隊竜飛砲台跡 標柱 |
![]() 北部七一部隊 第二中隊第三 砲座跡標柱 |
![]() 龍飛崎風景 |
![]() 北部七一部隊 第二中隊第四 砲座跡標柱 |
![]() 砲座跡 |
![]() 北部七一部隊 第二中隊第二 砲座跡 |
![]() 北部七一部隊 第二中隊第二 砲座跡 |
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