帝國博物学協会
和徳城縄張図
陸奥國
和徳城
 所在地 青森県弘前市和徳町ほか
 交通機関 JR本八戸駅下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 和徳城は弘和年間(1381-1384)年頃、安倍氏の創築と言われている。
その後、和徳城は前九年・後三年の役で名を馳せた清原氏の流れを汲むとも言われる小山内氏の居城となった。
天文12(1543)年、大浦政信が和徳城主小山内光春と戦って討死にしている(和徳合戦)。
元亀2(1571)年、津軽支配を目指す大浦為信は、大仏ヶ城の南部高信を攻め破ると、その勢いで和徳城を攻め城主小山内讃岐守を滅ぼした。
その後、大浦氏改め津軽氏家臣の森岡信元が守将として入城したが、間もなく廃城となった。
 現  況 城址は、弘前市街に呑み込まれて明確な遺構を見る事ができないが、水濠跡と思われる水路が残されている。
今回現地を歩くに当たって購入した縄張図と、現在の地図から、和徳町・野田1・野田2辺りを城址と判断した。
上の縄張り図と地図を比較してみてください。

水濠跡

水濠跡

水濠跡

水濠跡

水濠跡

水濠跡

水濠跡

水濠跡

水濠跡
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