帝國博物学協会
近江國
横山城
 所在地 滋賀県長浜市石田
 交通機関 JR北陸本線 長浜駅下車 近江バス 石田下車 徒歩30分
 別  名 -
 略  歴 横山城は、永禄4(1561)年頃、南近江進出を図る浅井賢政によって築かれた。賢政は、城将として浅井井演を入れた。
元亀元(1570)年、越前攻めの最中に浅井氏の裏切りにあった織田信長は、同年、浅井氏の支配する湖北に侵攻を開始した。
横山城も織田軍に包囲され、姉川の合戦後、羽柴秀吉らによって猛攻を受け落城した。
織田信長は羽柴秀吉を城将として、小谷城が落城するまで浅井氏を監視させた。
天正元(1573)年、浅井氏が小谷城に滅亡すると、湖北3郡は秀吉に与えられた。
秀吉は新たな居城として長浜城を築城して移転し、横山城は廃城となった。
 現  況 城址は石田山公園となっている。Y字型に展開された城域には、滋賀県唯一と言われる二重堀切や土塁・曲輪跡などが良く残されている。
また、本曲輪には井戸も残されており、中世の城郭遺構を良く伝えている。

N曲輪土塁

N曲輪土塁

N曲輪

M曲輪土塁

M曲輪虎口

M曲輪虎口

M曲輪

L曲輪土塁

二重堀切土塁

二重堀切
(外側)

二重堀切土塁

二重堀切
(内側)

K曲輪土塁

L曲輪土塁

L曲輪

H曲輪
横山城址碑

I曲輪

G曲輪方面
小口

F曲輪

E曲輪腰曲輪

E曲輪

D曲輪土塁

D曲輪竪堀

C曲輪土塁

D曲輪

D曲輪と
C曲輪土塁

虎口跡

B曲輪土塁

井戸跡

A曲輪土塁

主郭(A曲輪)

主郭(A曲輪)

主郭腰曲輪

主郭背後堀切

観音寺方面

主郭への小口
Top