帝國博物学協会
三河國
土井城
 所在地 愛知県岡崎市土井町字城屋敷
 交通機関 JR東海道線 岡崎駅下車 徒歩30分
 別  名 -
 略  歴 明応6(1497)年、本多彦三郎秀清が土井郷を与えられた。
本多氏は清重・信重がこの地に居住し、信重が築いたのが土井城である。
本多氏はこの家を始祖にして、平八郎家、作左衛門家などが分家として成立していった。
永禄6(1563)年、三河一向一揆が勃発、土井城は針先の勝鬘寺に程近いため、真っ先に攻囲されたが、城主本多広孝は家康に従って土井城を堅守した。
広孝は翌永禄7年の田原城攻めの折に、加治砦を構築して今川勢と戦い、田原城攻略の先陣を務めるなどの戦功を挙げ、田原城を与えられて移り、土井城は廃城となった。
 現  況 誓法寺西側一帯が城址であったと伝わる。
住宅地となっており、明瞭な遺構を探すのには苦労するが、住宅地が周囲より高くなっており、城址であると想定できる。
また、西に突き抜けた辺りの畑と住宅地には、明瞭な段差を見る事ができ、畑地が堀であったことがわかる。

西側の堀跡と
曲輪

西側から曲輪
北辺を望む

主郭付近

主郭付近

主郭東側
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