帝國博物学協会
尾張國
百々城
 所在地 愛知県岡崎市百々町字東側
 交通機関 名鉄本線 東岡崎駅下車 名鉄バス 岩津百々下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 青山氏は初代師重は、上野の吾妻郡青山郷に住んで青山氏を称したが、二代忠治が三河国額田郡百々村へ移住し、松平氏に仕えた。
青山喜大夫忠門は岡崎城の松平広忠、家康に仕え、三河一向一揆でも一族を率いて家康方として奮戦した。
元亀2(1571)年、武田信玄が三河に侵攻して吉田城を攻撃したため、これに備えて百々城を築いたと言われている。
忠門の嫡男忠成は2代将軍秀忠に仕えたが、天正18(1590)年、徳川氏の関東移封に従って上総・下総に移って、百々城は廃城となった。
 現  況 七所神社を背後・東側の台地上が城址であったが、遺構らしきものは残されていない。
民家の裏側に青山氏の墓石碑がある。

城址遠望

西側より望む

墓石碑への参道

墓石碑への参道

青山氏墓石碑

青山氏墓石碑

台地上
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