帝國博物学協会
尾張國
藤島城
 所在地 愛知県日進市藤島町六反田
 交通機関 名鉄豊田線 日進駅下車 名鉄バス 本郷下車 徒歩15分
 別  名 -
 略  歴 天文以前に、丹羽氏興の弟右京進某が分家する際に築いたと言われている。
天文10(1541)年頃になると、分家筋の藤島城丹羽氏秀が勢力を伸ばし、本家筋である丹羽氏識と不和となり、天文20(1551)年には岩崎城を乗っ取るべく、織田信長に援軍を依頼して岩崎城を攻撃した。
しかしながら、戦いに利なく、かえって信長軍の敗退は、藤島城兵の士気を挫き、一夜にして城兵は雲散霧消、氏秀は城を放棄して三河に落ち延びて行った。
その後は岩崎城丹羽氏によって城は管理され、岩崎氏転封の頃には廃城となっていたと思われる。
 現  況 城址はかつては沼地であったであろうと想像される田の中に残されており、門跡も確認されている。
現在でも高さ2メートルほどの土塁と堀跡が残されているが、耕地整理によってかなり破壊がすすんでいると思われる。(古城にとって耕地整理は天敵ですな)
隅櫓跡に石碑が建っており城址の存在を示している。

水濠跡

空掘跡

北面土塁

東南隅櫓台

城址碑

東南隅櫓台

土塁

土塁

空掘

土塁

堀跡と土塁
Top