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| 所在地 | 愛知県犬山市楽田 |
| 交通機関 | 名鉄犬山線、楽田駅下車 徒歩5分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
楽田城は、永正元(1504)年頃、尾張守護代織田氏一族、織田久長が築城したと伝えられている。二重の堀に囲まれていたといわれる。 永禄元(1558)年、城中に高さ5メートルの壇を築き、その上に階上の中央に八畳敷き程の座敷をもうけた櫓を建てた。これが天守の始まりだといわれている。 楽田城はその後、犬山城の織田信清により攻略され、犬山織田氏の前衛城砦となったが、永禄7(1564)年、織田信長により攻略され、坂井正尚が城主となった。 元亀元(1570)年、近江堅田の戦いで正尚が討死すると、替わって梶川高盛が城主となった。 天正12(1584)年の小牧長久手の合戦には、羽柴秀吉の前線となり、堀秀政が守将となり、後に秀吉本陣も犬山城から楽田城に移った。 合戦後、楽田城は廃城になった。 |
| 現 況 |
城址には、楽田小学校が建てられている。 大正の頃までは高さ6mの土塁をほぼ完全に残していたが、現在では城址碑周辺にその一部をわずかに残しているにすぎない。 |
![]() 城址碑 |
![]() 城址碑下の土塁 |
![]() 城址碑 |
![]() 城内現況 (楽田小運動場) |
![]() 校舎裏の土盛 |
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