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| 所在地 | 愛知県名古屋市熱田区伝馬2丁目 |
| 交通機関 | 名古屋市営地下鉄名城線、伝馬町駅下車 徒歩5分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
城主は東の加藤と言われる加藤図書助順盛の居城であった。 加藤氏は熱田の豪商であったと言われるが、「尾張群書系図部集」によれば、順盛の祖父景繁の頃まで「濃州岩村落城後浪人し、尾州熱田に蟄居す」とあり、元来美濃の武士であったようだ。 また、順盛の嫡男順政は長久手合戦に参加しており、弥三郎は織田信長の家臣であった。 この加藤氏の羽城には、竹千代時代の徳川家康が天文16(1547)年8月、六歳の時に人質として駿府に向う途中、裏切った三河田原城主戸田康光によって織田氏に送られた後、今川氏との人質交換が成立するまでの間をこの地で過ごしたと言われている。 |
| 現 況 |
城址には現在でも加藤氏がお住まいになっており、塀上に名古屋市の掲げた案内板が表示されているが、あくまでも「徳川家康幼時幽居地」であって、羽城としてのものではない。 かつては羽城町といったが、現在では住居表示が変わり、伝馬2丁目となり、羽城歩道橋や浮島橋などに、この地が羽城であったこと、往時は浮島であった事の名残を残しているに過ぎない。 |
![]() 羽城址加藤氏邸 付近 |
![]() 徳川家康幼時 幽居地案内板 |
![]() 羽城址加藤氏邸 付近 |
![]() 羽城址加藤氏邸 付近 |
![]() 徳川家康幼時 幽居地案内板 |
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