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| 所在地 | 愛知県安城市小川町姫 |
| 交通機関 | 名鉄西尾線 碧海桜井駅下車 徒歩10分 |
| 別 名 | 姫城・姫郷城 |
| 略 歴 |
内藤清長が 戦国期に創建したといわれているが、詳細は不明である。 元亀3(1572)年、清長は家康の遠江二俣城攻略戦に出陣したが、この戦いで陣没した。 その後、清長の子家長が後を継ぎ、弟信成らと姫小川城に居城した。 永禄6(1653)年、家長は三河一向一揆で活躍し、以後も掛川城・二俣城攻略で功を挙げて、家康の信頼を得た。 天正18(1590)年、家康の関東移封に従い、上総佐貫城20000石に封じられ、姫小川城は廃された。 |
| 現 況 |
誓願寺の隣接地が姫小川城址であると言われている。 誓願寺門前には水濠が残されており、本堂の裏側には空掘遺構が残されている。また、城址北西側には櫓台と思われる土塁がある。 姫小川城主郭は既に住宅地となって遺構が残されていないが、内藤氏の菩提寺でああった誓願寺は、姫小川城の城内で一郭を成していたと考えるのが妥当であろう。 また、西側数十mのところに段差があり、ここが外郭であったと考えられる。 三河寺部城の城門が誓願寺山門として移築されている。 |
![]() 東側水濠 |
![]() 東側水濠 |
![]() 東側水濠 |
![]() 東側水濠 |
![]() 東側水濠 |
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![]() 誓願寺山門 (寺部城城門) |
![]() 誓願寺本堂 |
![]() 誓願寺説明版 |
![]() 内藤清長墓 |
![]() 内藤重清墓 |
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