帝國博物学協会
三河國
伊賀城
 所在地 愛知県岡崎市伊賀町字西郷中
 交通機関 愛知環状鉄道 北岡崎駅下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 伊賀城は、岡崎城を築城した西郷氏の一族、大草松平康安が築城したという。
伊賀城の築城時期は不明だが、康安と子の重成の二代が居城し、家康の関東移封に伴って廃城になったと考えられる。
 現  況 伊賀八幡宮北側、谷地を挟んだ小丘上の法城山明願寺一帯が城址である。
寺には「法城山」という山号以外に、城跡を示す案内板などは無いが、寺の裏側に土塁が残されており、また南側の土塀外側も少し盛り上がった感じである。

明願寺山門

明願寺境内と
本堂

南側土塁

北側土塁

北側土塁

西側切岸

北側より遠望

城址北面切岸
伊賀八幡宮 伊賀八幡宮は、文明2(1470)年、松平氏4代親忠が子孫繁栄の守護神、氏神として創建した。
伝承として、関ヶ原の合戦や大阪城の陣の時に、神殿が鳴動し鳥居が移動するなど不思議なことが起こったといわれている。
江戸時代に入ると、3代将軍家光が伊賀八幡宮に東照大権現を合わせて祀ることを定めた。これによって伊賀八幡宮は日光・久能山の東照宮と同格の神宮となった。

随神門と石橋

随神門

拝殿
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