帝國博物学協会
尾張國
岩崎城
 所在地 愛知県日進市岩崎町市場67
 交通機関 名鉄豊田線 日進駅下車 名鉄バス 岩崎おんたけ口下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 天文7(1538)年、丹羽氏清が築き、本郷城より本拠を移したといわれている。
また、もう一つの説としては、享禄年間(1528〜1531)に、織田信秀が築きその後松平氏に奪われ、天文7(1538)年頃に丹羽氏清が本郷城より移ってきたというものである。
どちらにしても、その後丹羽氏は4代に渡って居城し、小牧長久手の戦いを迎えることとなる。
天正12(1584)年、小牧長久手の戦いでは、岩崎城主丹羽氏次は徳川方として小牧に出陣、弟の氏重が城代として城を守った。
豊臣方の池田恒興らは、総大将として三好秀次として三河岡崎城を衝くべく南下、岩崎城で氏重と対峙した。
この戦いで氏重は豊臣方を長時間引き止める事に成功し、合戦は徳川方の大勝利に終わったが、岩崎城は落城し氏重は戦死した。
その後、丹羽氏は家康の取成しで織田信雄に仕えて伊勢に領土を得て移転、岩崎城は廃城となった。
 現  況 城址は、岩崎城跡公園として整備されており、空掘・土塁などが良く残されている。また、発掘によって発見された隅櫓の礎石なども復元されている。
本丸に、本来なかった近世型の模擬天守が建てられているのはいただけないが、内部は資料館として、岩崎城と丹羽氏についての展示が行われている。

本丸空掘

二之丸土塁
と模擬天守

天守台

古城之碑

隅櫓礎石

模擬天守
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