帝國博物学協会
尾張國
河田城
 所在地 愛知県一宮市浅井町河田字上新田
 交通機関 JR東海道線 尾張一宮駅下車 名鉄バス河田下車 徒歩10分
 別  名 高田城
 略  歴 天正12(1584年)の小牧・長久手の戦いの際、豊臣秀吉が築いたとされる城である。
この地には、それ以前に、宮田城と称する城があったと言われており、秀吉は、その城を引き立てて、陣城として再構築したとも考えられている。
戦後も、しばらくの間は、秀吉方の城として維持されたといわれるが。
廃城の時期は明確ではないが、天正18(1585)年に、木曽川が氾濫した頃には、既に廃城になっていたと考えられる。
 現  況 城址は、神明社から河川敷にかけて築かれていたらしいが、遺構は既に無く、堤防際に城址碑が築かれているだけである。
天正18年の洪水では、木曽川の流路が変わり、河田村は分断されているので、城址もその被害を被ったと考えられる。
また、昭和38年には、付近の護岸工事が行われており、その際に、遺構は河川敷に完全に埋れてしまったと考えられる。
付近には、河田渡跡の碑があり、この地に渡しがあったことを伝えている。

神明社

河田城跡碑

神明社裏の堤防

河田渡跡碑
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