帝國博物学協会
三河國
森城
 所在地 愛知県豊田市御立町1丁目
 交通機関 名鉄三河線 豊田市駅下車 名鉄バス 森下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 森城は金谷城主中条出羽守常隆の家臣、森豊後守の居館である。
永禄4(1562)年、織田信長に攻められた中条出羽守常隆は、一戦も交えずに城を開いて御館村の森豊後守の屋敷に入ったと伝えられているが、これが森城であったと推察される。
 現  況 森城址は豊田スタジアムの矢作川を挟んだ対岸の南側にあった。
現在畑となっており遺構は残されていない。
城として考えるならば、北側の曽根遺跡公園がある段丘の方が適していると思われるが、場所から想像すると館城であった可能性が高そうである。

森城址付近

森城址付近

森城址付近

森城址付近
曽根遺跡公園 曽根遺跡は縄文時代から鎌倉時代にかけての遺跡で、昭和47(1972)年の高橋中部土地改良事業によって発見された。
この公園には、発見された竪穴建物跡や復元された竪穴式住居、移設された香久礼1号墳が展示されており、南側には八柱神社本殿が置かれている八柱社古墳がある。

曽根遺跡公園

曽根遺跡公園

曽根遺跡

曽根遺跡公園遠望

八柱社古墳

八柱社古墳

復元竪穴式住居

竪穴建物跡

香久礼1号墳
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