帝國博物学協会
三河國
永井城
 所在地 愛知県岡崎市福岡町字シケ畑
 交通機関 JR東海道線 岡崎駅下車 名鉄東部交通 中村下車 徒歩15分
 別  名 -
 略  歴 三河国二葉松には、山本小次郎が城主であったと記されている。
寛政諸家譜には、山本氏は西三河の出身で、山本四兵衛正直の代より岡崎城の松平清康・広忠に仕えたと記されている。
三河物語には、永禄6(1563)年の三河一向一揆で、土呂本宗寺への籠城した将として、山本小次郎、山本才蔵の名が記されており、地理的に考えてこの永井城の山本氏であろう。
 現  況 現在城址は畑地となっており、永井城址碑が立つのみで、遺構は残されていない。
城址碑と道を挟んで丁度正対した位置に、山本勘助の供養塔が立っている。(標柱には山本勘助墓と記されている)
山本勘助は、三河牛久保城主牧野氏に仕えた山本氏の一族で、勘助の弟帯刀の流れが越後長岡城牧野氏に仕えた山本氏である(別に勘助の出自を駿河山本氏とする説もある)。
長岡山本氏からは、後に帝國海軍聯合艦隊司令長官となった山本五十六元帥が出ている。
この山本氏と山本小次郎の山本氏は別の家であったと思われるが、共に徳川家に仕えたため、後に混同されて勘助の供養塔がこの地に立てられたのであろう。

城址碑

城址碑遠望

城址付近

城址付近

山本勘助供養塔
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