帝國博物学協会
三之丸及び城下絵図
尾張國
名古屋城
 所在地 愛知県名古屋市中区本丸
 交通機関 市営地下鉄名城線、市役所駅下車 徒歩10分
 別  名 金鯱城
 略  歴 慶長5(1600)年、関ヶ原合戦後、戦いに勝利した徳川家康は、多くの豊臣系大名を改易として豊臣氏の影響力を削ぐとともに、上方諸大名を監視する意味で、外様を中心とした諸大名に名古屋への築城を命じた。
もともと尾張の中心は清洲城であった。関ヶ原以前には福島正則が治めていたが、関ヶ原の戦功で正則が安芸広島城へ転封すると、家康は八男忠吉を清洲城主として封じた。
忠吉の死後、元和2(1616)年、新たに9男義直が封じられた。以降、徳川御三家筆頭尾張大納言の居城として16代存続し明治維新を迎える。
維新後、名古屋離宮として天守・本丸御殿などが管理されたが、大東亜戦争で米軍の爆撃によりほとんどの建物が灰燼に帰した。
 現  況 現在、城址は名古屋城址として、公園化されており、本丸・二之丸・西之丸・御深井丸・などの曲輪跡がよく残っている。
また、清洲櫓など、戦災を免れた櫓や門など、数少ないが現存している。
戦災で失われた天守群も外観復元されており、日本最大の床面積を誇る天守の威容を示している。また、近年本丸御殿の復元が計画されているようである。
内郭部は総石垣で、大坂城豊臣氏に備えて築かれた、天下普請によるこの城の性格をよく表している。
外郭である三之丸は、基本的には土塁造りであるが、堀跡・鉢巻石垣等もよく残っている。
三の丸の土塁沿いを廻ると、この城の巨大さを身を持って知る事ができる。
郭外

辰之口水道
大樋
三之丸(外郭)

三之丸西南
櫓台跡

御園門跡

外堀

本町門脇
の鉢巻石垣

本町門石垣

外堀

三之丸土塁
と外堀

清水門跡

三之丸土塁
と外堀

巾下門跡
二之丸

二之丸南空掘

二之丸
東鉄門跡

二之丸
東鉄門桝形

二之丸東空掘

二之丸
丑寅隅櫓櫓台

二之丸西鉄門

二之丸西鉄門跡

二之丸南面
石垣と堀

二之丸庭園

北暗渠

二之丸
丑寅隅櫓櫓台

南蛮たたき
鉄砲狭間

二之丸埋門跡
御深井丸

櫓台と水濠

櫓台と水濠

清洲櫓

食違門跡

櫓台跡

御深井丸

御深井丸石垣

御深井丸
食違門跡土塁
西之丸

鵜の首

西之丸
西北隅櫓跡

西之丸
榎多御門跡

鵜の首

西之丸井戸
大手馬出

大手馬出石垣

大手馬出石垣

大手馬出石垣
と堀

大手馬出
搦手馬出

搦手馬出石垣

搦手馬出
食違門跡

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