|
|
|
|
|
|
||
|
|
| 所在地 | 愛知県一宮市萩原町中島字城跡 |
| 交通機関 | 名鉄尾西線 二子駅下車 徒歩30分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
嵯峨源氏の末裔の中島氏が築いたと伝えられる。 中島氏は、承久3(1221)年6月5日に、この地に辿り付き、左衛門尉宣長を名乗っている。 子孫は代々中島蔵人を名乗ったが、室町末期には、尾張守護斯波氏・守護代織田氏などの勢力に城を奪われ、一族は四散し、城は廃城となった。 城主の末裔は、豊臣家に仕え、中島式部少輔氏重は大坂七手組頭に任じられ、大阪の陣で奮戦、自害をしている。 |
| 現 況 |
中島城址は、そのものずばり「城跡」という字にあった。 既に遺構は残されておらず、一宮市の立てた城址碑が、路傍に立てられているのみである。 |
![]() 中島城址碑 |
![]() 中島城址付近 |
![]() 中島城址碑 |
![]() 中島廃寺碑 |
|
|