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| 所在地 | 愛知県稲沢市長束町 |
| 交通機関 | 名鉄本線 奥田駅下車 徒歩5分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
豊臣政権の五奉行の一人、長束正家の屋敷のあった場所と伝えられている。 正家は、はじめは丹羽長秀に仕えるが、長秀の死後羽柴秀吉に仕えて財政面などで力量を発揮した。 正家が何時の時点までここに居を構えたか不明だが、丹羽長秀に従ったことから元亀2(157)年にはこの地を離れた事は容易に想像できる。 |
| 現 況 |
屋敷址の碑は、奥田駅に程近い本多金属工業の寮の裏手に立っている。 碑の付近には、その他の関係ない碑が立てられており、「違うだろ」と思わせる。 碑の立っている場所は周囲より一段高くなっており、方形館であったのかもしれないと感じさせる。また、西側には堀跡とも思われる溝が残されている。 |
![]() 長束正家邸址碑 |
![]() 屋敷址付近 |
![]() 屋敷址東側 土塁跡 |
![]() 屋敷址付近 |
![]() 屋敷址西側 堀跡と土塁 |
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