帝國博物学協会
尾張國
大野木城
 所在地 愛知県名古屋市西区大野木2丁目
 交通機関 市営地下鉄鶴舞線 庄内緑地公園駅下車 徒歩15分
 別  名 塙宗悦宅
 略  歴 何時頃築城されたか不明だが、塙氏が代々城主を勤めてきた。
天正期には織田信長の赤母衣衆で信任も厚かった、塙直政が城主となり、後に直政は信長から九州の名族原田姓を賜り、原田直政と名乗るようになる。
直政は、天正4(1576)年、石山本願寺攻めを命じられ、天王寺砦を守ったが、本願寺勢の総攻撃のより戦死している。
直政の死後、信長は塙氏一族に冷淡であったため、一子安友はこの地を離れ、本能寺の変後は佐々成政、豊臣秀吉、田中吉政へと仕えた。
安友は、塙宗悦と名乗り、江戸で医師として徳川将軍家に仕えた。
なお、大阪の陣で豊臣方で活躍した塙団右衛門は、その一族である。
 現  況 城址は福昌寺一帯と伝わっている通り、寺の東側は境内の内側が数十センチ高くなっている。
寺の山門の4本の柱は、大野木城の城門の柱をそのまま転用したものと言われており、貴重な現存遺構である。
なお、名古屋市教育委員会の建てた案内板には、塙宗悦宅跡として紹介されている。

福昌寺参道

城門現存遺構
(福昌寺山門)

塙宗悦史跡碑

福昌寺境内

東側の段差
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