帝國博物学協会
三河國
桜井城
 所在地 愛知県安城市桜井町城阿原
 交通機関 名鉄西尾線 碧海桜井駅下車 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 桜井城は豪族小浦喜平治忠重が屋敷を築城したと言われている。
文明3(1471)年、岩津城から松平信光が安祥城に進出し、小浦氏は松平氏の支配下に入った。
その後、安祥城主松平親忠の三男松平親房が入城した。
親房には子がなかったため、長兄長親の三男信定を養子として迎え、桜井松平氏を継がせた。 桜井城はこの信定によって整備されたといわれている。
享禄2(1529)年、三河吉田城攻城戦、尾張品野城攻城戦で戦功を挙げ、品野の地を領した。
三代家次は永録元(1558)年、品野城守備に就いている時に、織田軍の包囲を受けたが撃退している。
永禄6(1563)年、三河国内を混乱に陥れた一向一揆では、家次は一揆方に味方して家康に叛いた。
四代忠正は、家康に仕えて戦功を挙げ、以後五代忠吉、六代家広と代を重ねていった。
天正18(1590)年、家康が関東に移封されると、これ従って武蔵松山城に移封となり、桜井城は廃城となった。
 現  況 桜井城址は、城山公園、桜井靖霊神社になっている。
主郭は城山公園の方で、ここに案内板や城址碑が立てられている。
現在の城址公園は周囲を石垣で固められており、面影は残されていない。

桜井城址案内板

桜井城東側

城山公園入口

桜井城址碑

櫓台?

城山公園

城山公園入口
冠木門

城山公園東側

城山公園西側

城山公園

城山公園北西
入口

城山公園西側

城山公園北西角

城山公園北東角

城山公園東側

城山公園東側
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