帝國博物学協会
尾張國
千秋氏館
 所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮1
 交通機関 名鉄本線、神宮前駅下車 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 平安末期、熱田神宮大宮司藤原季範の館があったところとされている。
子孫は八条院判官代駿河守憲朝の時、三河国設楽郡千秋の地名を名字とした。
千秋氏はその後代々京に在住し、尾張には下級の神官を置いて支配したが、南北朝の頃になると、千秋昌能が自ら乗り込み羽豆崎城に居城した。
千秋氏はその後、織田氏の配下に組み込まれ、季光が稲葉山で、季忠が桶狭間合戦で討死している。
 現  況 館址は現在佐久間燈籠のあった辺りであると伝わる。
佐久間燈籠は、御器所西城の城主佐久間盛次の四男大善亮勝之が、海上で台風に遭った際に、熱田神宮の守護を祈り難を免れたお礼として、寛永7(1630)年に建立された。

熱田神宮水濠

熱田神宮水濠

佐久間燈籠付近

佐久間燈籠
 信長塀 永禄3(1560)年、織田信長が桶狭間合戦に出陣の際に、熱田神宮に集結、願文を奏して勝利したお礼として奉納された塀である。
三十三間堂の太閤塀・西宮神社の大練塀と並び、日本三大塀の一つと言われている。

信長塀

信長塀
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