帝國博物学協会
尾張國
竹腰城
 所在地 愛知県稲沢市竹ノ腰西町字城屋敷
 交通機関 名鉄尾西線 玉野駅下車 徒歩30分
 別  名 -
 略  歴 竹腰城は、祖父江城主祖父江信勝が慶長5(1600)年の関ヶ原の合戦で、福島正則に従って軍功があり、竹腰を加増されて築いた。
祖父江氏は、津島社の神職で、祖父江五郎右衛門久豊以来祖父江城を居城とした。
主家の福島正則は、同様に加増され、安芸広島城へ移されたため、信勝は大名として独立したと思われる。
慶長19(1614)年、大阪冬の陣後に大坂方に味方したとの嫌疑を受けて改易となり、竹腰城は廃城となった。
 現  況 城跡は竹ノ腰西町の北西側の田畑にあったとされこの辺りを字城屋敷という。
主郭と思われる部分は、周囲より高くなっており、高札型の案内板が立っている。
案内板には、「市内で最も保存状態が良い」と記されているが、主郭部分が高くなっている意外、何ら遺構は残されていない様に思われる。
具体的な縄張りはわからないが、田の部分が堀で、畑の部分が曲輪であったと考えられる。
竹ノ腰中町の八剱社には、出土した礎石が保存されている。

竹腰城址遠望

竹腰城址遠望

竹腰城址と
案内歴史看板

案内歴史看板

左堀跡右郭内

主郭跡

主郭跡

主郭北側

主郭西側

右堀跡左郭内

城址遠望

八剱社

八剱社の礎石
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