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| 所在地 | 愛知県一宮市時之島字本郷 |
| 交通機関 | 名鉄犬山線 江南駅下車 名鉄バス時之島下車 徒歩5分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
日根野備中弘就が築城した。 日根野氏は、和泉日根(or日根野)の地を本貫とする一族であるが、弘就の父の代に美濃斎藤氏に仕え、本田城主となり、美濃六宿老と呼ばれた。 弘就は、美濃に侵攻する織田信長の勢力と戦ったが、主家斎藤龍興が稲葉山城を退去すると、これに従った。 やがて、今川氏真に仕えたが、今川氏が滅亡すると、近江の浅井氏に仕え、浅井氏滅亡後、伊勢長島一向一揆に荷担し、信長軍に敗れた。 本能寺の変で信長が討死すると、羽柴秀吉に与した。 小牧・長久手の合戦では、秀吉に与力し、二重堀砦を築いて、多数の死者を出しながらも、砦を守りきった。 文禄4(1595)、豊臣秀次が改易されると、連座して浪人となった。 小牧・長久手の合戦では、信雄・家康軍の城として、尾張西部を固める重要な役割を負ったといわれている。 天正18(1590)年、帰参を許され、尾張・三河で16000石を与えられ、時之島城に居城した。 慶長6(1602)年、出家して法印と名乗っていた弘就が死没すると、時之島城は廃城となった。 |
| 現 況 |
時之島城は、時之島神社西方に位置していた。 現在明確な遺構は残されていない。近所の方にお伺いしたところ、民家裏にある山神様の塚が、唯一残された遺構と言う事である。 民家の裏にあるので、訪城の際には、必ず一言断ってから、訪城してください。 (申し訳ありませんが、私有地のため、地図は記載いたしません。) |
![]() 時之島神社 |
![]() 時之島城址 付近 |
![]() 時之島城址 付近 |
![]() 山神様塚 |
![]() 山神様塚 |
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