帝國博物学協会
讃岐國
丸亀城
 所在地 香川県丸亀市一番丁
 交通機関 JR予讃線 丸亀駅下車 徒歩15分
 別  名 亀山城・蓬莱城
 略  歴 丸亀城は慶長2(1597)年、生駒親正により高松城の支城として築城され、慶長7(1602)年に完成した。
元和元(1615)年の一国一城令では破却され廃城となった。(一説には藩主正俊が要所を樹木で覆い隠して、破却を免れたとも言われている。)
生駒氏4代高俊は、生駒騒動と呼ばれる御家騒動で寛永17(1640)年に改易となった。高俊は出羽矢島へ配流となり1万石に減封となった。
替わって肥後富岡城から山崎家治が入封した。家治は入封後の寛永19(1642)年に、丸亀城の再建に着手した。
翌20年一応の完成を見るが、山崎氏は3代治頼の時に嗣子なく断絶となり、万治元(1658)年、播磨龍野城から入封した京極氏によって修築された。
その後、7代に渡って京極氏が丸亀藩を治め、7代朗徹の時に明治維新を迎えた。
 現  況 現在城址は、本丸・二之丸・三之丸などが城址公園となり保存されている。城址には天守・大手門・御殿表門・番所などが残されている。
城内に残る高石垣は非常に見事な状態で残されている。

丸亀城址碑

大手門と
天守遠望

大手口脇
石垣と水濠

大手口脇
石垣と水濠

大手一之門

山下郭御殿
の土塀

御殿脇の水濠
(あやめ池)

山下郭御殿
表門

山下郭御殿
番所長屋

山下郭御殿
番所長屋

山下郭西門跡

山下郭西門跡
と水濠

山下郭水濠

山下郭御殿跡
から天守を望む

山下郭櫓台

水濠と土塁

水濠と土塁

水濠と土塁

搦手門跡

搦手口石垣

柿の木御門跡

柿の木御門跡

柿の木御門
背後の石垣

柿の木御門
虎口

三之丸石垣

三之丸入口

三之丸石垣

三之丸跡

三之丸
月見櫓跡

三之丸跡

三之丸巽櫓跡

二之丸石垣

二之丸門跡

二之丸虎口

二之丸跡

二之丸櫓台

二之丸櫓台

二之丸井戸

本丸櫓台石垣

二之丸櫓台

天守

本丸櫓台

本丸櫓台

本丸櫓石垣

二之丸搦手門

本丸石垣

三之丸石垣

三之丸石垣

三之丸跡

本丸隅櫓石垣

本丸隅櫓石垣

三之丸井戸

延寿閣別館

二之丸石垣

三之丸石垣

見返り坂

外堀跡
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