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| 所在地 | 鹿児島県鹿児島市城山町 |
| 交通機関 | JR鹿児島中央駅下車 鹿児島市電 市役所前下車、徒歩5分 |
| 別 名 | 鹿児島城 |
| 略 歴 |
慶長7(1602)年、島津家久が島津氏の本城として築城を開始し、慶長9(1604)年に完成した。 島津氏は、初代忠久が建久8(1197)年に薩摩・大隅・日向三国の守護職に任じられて以来、戦国期を乗り切り、幕末まで同一国を支配した、稀有な存在である。 この鶴丸城を築くに当って、父の義久は、海に近いという理由で反対したと伝えられているが、家久は背後の城山を後詰とする根小屋形式の館城として、この城を築城した。 薩摩77万石の居城としては非常に質素な城であったが、これは幕府に遠慮したためとも伝えられている。 鶴丸城は、江戸期を通じて島津77万石の本城として栄え、明治維新の策源地ともなった。 明治維新後、熊本鎮台の分営が置かれたが、明治6(1873)年に炎上し、廃城となった。 |
| 現 況 |
鶴丸城には、三方を囲む石垣と、ニ方になってしまった水濠、本丸大手前の石橋が残されているに過ぎない。 城址には、鹿児島県歴史資料センター「黎明館」が建っている。 |
![]() 鶴丸城址碑 |
![]() 大手南面石垣 と水濠 |
![]() 本丸南端石垣 |
![]() 南から大手を 望む |
![]() 北から大手を 望む |
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![]() 本丸北面石垣 と水濠 |
![]() 北門跡 |
![]() 北端石垣と水濠 |
![]() 北門虎口 |
![]() 本丸大手門跡 |
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![]() 大手虎口 |
![]() 大手虎口 |
![]() 大手虎口 |
![]() 南側石垣 |
![]() 南側石垣 |
![]() 本丸跡 |
![]() 本丸跡黎明館 |
![]() 御角櫓跡 |
![]() 御池 |
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