帝國博物学協会
和泉國
岸和田古城
 所在地 大阪府岸和田市野田町1−14
 交通機関 南海本線 岸和田駅下車 徒歩10分
 別  名 和田氏館・照日山・岸の城
 略  歴 建武元(1334)年、楠木正成が和泉守護に任じられた。
岸和田古城を築城下のは、正成の甥、和田新兵衛高家がこの地に築城し、岸の城と呼ばれていた。
これが岸の和田という地名となり、現在の岸和田になったといわれている。
応永15(1408)年、細川頼長が和泉半国の守護となり、岸和田古城に居城し、以後7代に渡って岸和田細川氏の本拠となった。
元亀〜天正の頃には松浦肥後守が居城し、この頃に現在の岸和田城を築いて移ったと推定されている。
 現  況 城址は住宅地にあるが、地主の方がすでに売却され、虎縞の工事フェンスによって囲われて立ち入る事ができない。
かつては和田氏古城伝承地の石碑が立てられていたようであるが、すでに撤去されていた。
虎縞のフェンスには、マンションらしきものが建つという建築計画が張り出されており、このままでは近々この城址は失われてしまいそうである。
岸和田の地名の起こりである城址であるが、岸和田市も岸和田市民も、貴重な史蹟が失われようとしているにも関わらず、あまり関心を持っているようには感じられなかったのが残念である。

南西側土塁
と空掘

南東側土塁
と空掘

南側土塁

東側土塁

北西側土塁

西側空掘
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