帝國博物学協会
攝津國
大阪城
 所在地 大阪府大阪市中央区大阪城
 交通機関 JR大阪環状線 森ノ宮駅下車 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 天正11年(1583)、天下統一に邁進する豊臣秀吉は、石山本願寺跡地の大坂を大阪と改めて、新たに築城を開始した。これが豊臣期大阪城である。
秀吉の死後、天下は徳川家康のを中心に動き出し、秀吉の死後17年後の慶長20年(1615)、大阪の陣で城は灰燼に帰した。
大阪の陣後、大阪には伊勢亀山城から松平忠明が10万石で入城した。
元和5(1619)年、大和国郡山城に移封となり、将軍直轄に移された。
元和6(1620)年、外様大名を中心とした天下普請で大修築を開始、寛永6(1629)年に完成した。この修築では豊臣大坂城の上に土を盛り、新たに石垣を築きなおすという大規模なものであった。
城の守備として幕末まで大阪城代が置かれた。天守は完成から36年後に落雷により失われ、多くの建物が幕末期に失われた。
 現  況 現在、城址は大阪城址公園として、本丸・二之丸・西之丸などの曲輪跡がよく残っている。
また、大手門や一番櫓・千貫櫓などの建物も残されている。天守は徳川時代の天守台に、大阪陣屏風を参考にして豊臣氏時代の天守を模擬復元している。
二之丸

巽櫓台跡

一番櫓

玉造門跡

一番櫓

二番櫓跡

三番櫓跡

四番櫓跡
と五番櫓跡

六番櫓

中仕切門跡
と太鼓櫓跡

大手一之門

大手二之門

千貫櫓

二之丸大手口

六番櫓/五番櫓跡
四番櫓跡/三番櫓跡

二番櫓跡/一番櫓

市正曲輪石垣
と東外濠

巽櫓跡

青屋門二之門跡

二之丸北面
石垣と水濠

青屋門

伏見櫓跡

京橋門二之門跡

京橋門多門櫓
櫓台石垣

極楽橋
仕切門跡
西之丸

乾櫓

乾櫓
坤櫓跡

西之丸石垣

西之丸仕切門

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