帝國博物学協会
下総國
深井城
 所在地 千葉県流山市西深井
 交通機関 東武野田線 運河駅下車 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 深井城の創建時期はよくわかっていない。15世紀後半から16世紀初頭にかけて深井の戦いで高城民部少輔・石井彌七郎が討死しているので、この頃には存在したと考えられる。
その頃この地に進出したと考えられるのが安蒜氏であった。
安蒜氏は高城氏の一族で日向守胤俊を祖とする一族で、享禄・天文期には安蒜丹後守入道静意が活躍し、永禄以降は伊予守が登場し、国府台合戦に出陣している。
天正10(1582)年、小金城の高城胤辰が没した際には、嫡子胤則が家督を継いだ際の後見役に、深井城主の安蒜伊予守が指名されている。
安蒜伊予守は程無く没しており、弟の豊前守(あるいは備前守)が家督をついでいる。
天正18(1590)年、豊臣秀吉が、小田原城の北条氏を攻めた際には、安蒜備前守は小金城の留守を守って籠城している。
 現  況 城は後年開削された利根運河南側の台地上にあり、遺構の残り具合から考えると、かなり広大な範囲を誇っていたと思われる。
その中心には不動堂があり、付近に土塁や堀などの遺構が残されている。

不動堂東側空堀
と土塁

不動堂東側空堀
と土塁

不動堂東側空堀
と土塁

不動堂東側空堀
と土塁

不動堂西側
櫓台状土塁

不動堂西側

不動堂西側
櫓台状土塁上

西側切岸

不動堂西側
櫓台状土塁

不動堂西側
櫓台状土塁

土塁

土塁

不動堂

西側土塁

北側切岸
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