帝國博物学協会
下総國
猪鼻城
 所在地 千葉県千葉市中央区亥鼻1丁目
 交通機関 JR本千葉駅下車 徒歩10分
 別  名 千葉城
 略  歴 猪鼻城は、大治元(1126)年。千葉常重が築いたと言われている。
千葉氏は、平忠常の子孫で、常重の頃に大椎城から本拠をこの猪鼻城に移した。以後230年に渡って千葉宗家の居城として栄えた。
鎌倉初期の源頼朝の挙兵には、千葉常胤が参陣し、以後幕府の樹立に尽力、下総守護に任じられ、陸奥・薩摩・肥前などに広大な所領を獲得した。
享徳3(1454)年、鎌倉公方・古河公方など、関東での戦乱が勃発すると、千葉氏も双方に分裂して争った。
康正元(1455)年、千葉胤直の時に、一族の馬加康胤・原胤房の叛乱によって猪鼻城を追われ、志摩城に篭ったが、遂に支えきれず自害し、千葉宗家は断絶した。
その後、馬加氏が千葉宗家を継いだが、居城を将門山に移し、猪鼻城は廃城となった。
 現  況 城址は千葉大学構内を含む非常に広大な地域にまたがっていたと思われるが、現在では台地突端部の曲輪が残されているにすぎない。
現在の亥鼻公園が主郭に当り、郷土資料館が建つあたりが、ニ郭・三郭に当たる。
城址には、不釣合いな模擬天守が、郷土資料館として建てられているが、土塁・空掘が良好に残されているのが救いである。
なお、千葉氏の祖、平良文の子忠頼が生まれた時に湧き出し、以後千葉氏の産湯の水として使われたと伝わっているお茶の水は、既に枯れてしまっている。

郷土資料館

一郭土塁

一郭土塁

一郭土塁

一郭

一郭

空掘

空掘底から
見た一郭土塁

神明社

猪鼻城址碑

神明社の建つ

神明社の建つ

空掘跡

一郭虎口

一郭土塁上部

郷土資料館

お茶の水
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