帝國博物学協会
下総國
木野崎城
 所在地 千葉県野田市木野崎
 交通機関 東武野田線 野田市駅下車 バス新町下車 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 木野崎城は、一色氏が代々その城主を務めたようである。
一色氏は三河幡豆郡一色の一色公探を祖としており、元応元(1319)年、現在の幸手市付近の地頭職として補任された。
一色氏が木野崎城を築城した時期は不明だが、天正18(1590)年の豊臣秀吉の小田原の陣の頃には一色数馬が城主であったと伝わっている。
数馬は、金野井城の落城に続き木野崎城が攻撃を受けると、祈願寺であった真福寺まで逃れたのものの、逃れきれず、寺に火を放っで自害したと伝わっている。
 現  況 城址は台地上に残されており、自然の要害であったようだ。
城址標柱の前の道は、かつての空掘跡と思われ、台地下まで堀切となって続いている。
城址には水牢跡なども残されていると聞いたが、確認はできなかった。
唯一城址らしきものといえば、台地下に続く道がクランク上に折れ曲がっており、かつての虎口形状を示しているという事と、その付近の山林の中に土塁とも思える土盛を発見したぐらいである。

木野崎城址標柱

空掘跡か?

城址

空掘跡か?

土塁

掘切

台地下の水路

虎口跡付近の
土塁

虎口跡

木野崎城址遠望
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