帝國博物学協会
下総國
古逆井城
 所在地 茨城県猿島郡猿島町逆井
 交通機関 JR宇都宮線 古河駅下車 タクシー
公共交通機関なし
 別  名 -
 略  歴 小山義政の五男常宗が逆井の地を知行し、逆井氏を名乗った。
逆井氏はその後貫利・常繁と続いた。その頃には、古河公方足利氏の家臣団の一部として、後北条氏の侵略に晒されていたのであろう。
天文5(1536)年、後北条氏の攻略軍が大道寺駿河守を大将に押し寄せ、常繁は討死、奥方の智御前(または智姫)は、先祖代々伝わる釣鐘をかぶって城中の池に入水したと伝わっている。
これにより、古逆井城は落城し、その上に後北条氏によって逆井城が築かれた。
 現  況 城址は逆井城一曲輪東側から二曲輪にかけての位置に残されている。
この城は、逆井城発掘の際に見つかり、東側が発掘当時の状態で残されている。
後世の逆井城の規模に比べると、あまりに小さな規模に驚かされるが、地方の小領主の城館の規模を窺い知ることができる。

古逆井城空掘
と土塁

古逆井城空掘
と土塁

古逆井城小口

古逆井城土塁

古逆井城曲輪

鐘掘池

大堀

大堀北土塁
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