帝國博物学協会
下総國
山王山砦
 所在地 茨城県猿島郡五霞町山王山
 交通機関 東武日光線 幸手駅下車 朝日バス 西谷下車 徒歩20分
 別  名 -
 略  歴 この砦がいつ築かれたかは不明であるが、関宿城とは目と鼻の先に位置することから、関宿城の簗田氏に対する対の城と考えるのが自然であろう。
永禄12(1569)年、北条氏康が死んで氏政が嗣ぐと、氏政は相甲同盟を破棄して上杉氏との越相同盟を締結した。この結果、関宿城と対峙の必要がなくなったため、山王山砦は破却されている。
天正2(1574)年、越相同盟が破棄され、北条氏照が関宿城を攻撃すると、山王山砦は修築され最前線として復帰している。
この砦が廃されたのがいつかは不明だが、豊臣秀吉の小田原の陣により、北条氏が滅亡した時と考えるのが自然であろう。
 現  況 砦址は、関宿城と江戸川を挟んで向かい合っている五霞町の東昌寺である。現在でこそ江戸川が分断しているが、当時は地続きであったと想定されている。
寺の周囲には土塁・空掘が残されている。特に寺の北側から東側にかけては、土塁・空掘共良好な状態で残されており、東側には櫓台とも思われる土盛が残されている。

東昌寺山門

門前東側土塁

門前西側土塁

門前西側土塁

門前東側土塁

西側空掘

北面土塁

北面空掘

北面土塁

東昌寺本堂

東側土塁

東側空掘

北側土塁・空掘

東側土塁
と櫓台
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