帝國博物学協会
下総國
佐津間城
 所在地 千葉県鎌ヶ谷市中佐津間
 交通機関 東武野田線 六実駅下車 徒歩15分
 別  名 -
 略  歴 佐津間城の築城年代・築城者はわかっていないが、相馬氏によって築かれたと考えるのが妥当であろう。
相馬の文書に正応4(1292)年、北条時宗の関東下知状に、相馬五郎左衛門尉胤村の室、阿蓮の領有とある。
その後、相馬氏の奥州下向と共に、この地は小金城高城氏の支配下に組み込まれたようである。
 現  況 中佐津間の、比高10m程の台地上に存在しており、台地下に案内板がある。
城址は主郭部と外郭部があったようであるが、外郭部はこの案内板から登る階段が、堀底道として台地上に通じる辺りに面影が残されているに過ぎず、台地上は住宅地として破壊されてしまっている。
主郭部は、非常に良好な状態で残されており、堀底からの比高5mに及ぶ土塁が、周囲を廻っている。
入口は台地下の民家裏手からの坂虎口となっており、坂には横矢がかかっている。
そういう面で現在残っている虎口は、大手ではなく搦手だった可能性が高く、大手は土塁上にそれらしき出っ張りが残されており、そこから木橋がかかっていたと考えるのが妥当であろう。
主郭部内には小さな祠があるものの、城址碑等は建てられていない。
鎌ヶ谷で唯一残された城郭だけあって、見ごたえはあるが、主郭への入るのには無理やり土塁を乗り越えるなど、一苦労しなければならないのが残念である。

外郭堀底道

佐津間城址
案内板

北面土塁

西面空掘

北面土塁

北面土塁
(郭内)

北西角土塁
(郭内)

城内の祠

西南側土塁

東面土塁

主郭内

櫓台

櫓台

横掘から竪掘
への落ち際

西側空掘
と横矢土塁

西側空掘

西側土塁上

北面土塁上

搦手坂

搦手坂虎口

搦手脇
東面土塁(郭外)
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