帝國博物学協会
下野國
足利氏館
 所在地 栃木県足利市家冨町2220
 交通機関 JR両毛線 足利駅下車 徒歩10分
 別  名 足利氏宅
 略  歴 八幡太郎義家の3男、義国が妻の出身の下野足利荘を本拠地とし、次男義康が足利氏を名乗ったのが、足利氏の創始である。
12世紀の中頃 その義康が居館を構えたのが、足利氏館の創築である 。
足利氏は、鎌倉の将軍家に仕え、執権北条得宗家などと婚姻を結んで、勢力を保っていった。
建久7(1196)年、足利2代義兼が、館の一角に大日如来を祀った持仏堂(堀内御堂)を建立したのが、現在の鑁阿寺の創始である 。
4代義氏は、承久の乱の軍功で三河国の守護となり、居館を明大寺古城に移し、館としての足利氏館の歴史は終わった。
文暦元(1234)年、義氏は鑁阿寺の伽藍を整備して、足利氏の氏寺とした。
 現  況 館址は、現在は鑁阿寺の境内となっている。
現在でも高さ3メートルほどの土塁と堀が四周を巡っており、往時の面影をよく残している。
現在では東西南北にそれぞれ門が置かれているが、往時はどうだったのであろうか。
境内には国の重要文化財本堂・鐘楼・経堂をはじめ、県指定文化財の御霊屋、多宝塔、太鼓橋、楼門、東門、北門、西門など、多くの文化財も残されている。
外周

南西角水濠と
土塁

西南側水濠と
土塁

西南側水濠と
土塁

西門

西北側水濠と
土塁

北西角水濠と
土塁

北西側水濠と
土塁

北西側水濠と
土塁

北門

北東側水濠と
土塁

東北角水濠と
土塁

東北側水濠と
土塁

東北側水濠と
土塁

東門

東南側水濠と
土塁

東南側水濠と
土塁

南東角水濠と
土塁

南東側水濠と
土塁

太鼓橋と楼門

太鼓橋と楼門

南西側水濠と
土塁
外周郭内

楼門

案内板

南西側土塁上

南西側土塁

西南側土塁

西門

西北側土塁

北西側土塁上

北西側土塁上

北西側土塁

北門

東門

東南側土塁

南東側土塁

南東側土塁
堂塔伽藍

鐘楼
(国重文)

本堂《大御堂》
(国重文)

多宝塔
(県指定文化財)

中御堂
(不動堂)

経堂
(国重文)

御霊屋
(県指定文化財)

源義国
足利義康墓

大酉堂

校倉
(市指定重文)

蛭子堂
(市指定重文)

足利学校
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