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| 所在地 | 兵庫県姫路市御国町御着 |
| 交通機関 | JR 御着駅下車 徒歩10分 |
| 別 名 | 茶臼山城/天川城 |
| 略 歴 |
御着城は永承16(1519)年、播磨守護赤松氏の家臣、小寺政隆によって築城された。天川を外堀とし、四重の堀が廻る大城郭であったと「播州飾東郡東御野庄御着茶臼城地絵図」で伝わっており、英賀城・三木城と並んで播磨三大名城と呼ばれている。 小寺氏は3代に渡って御着城に居城し、黒田氏はこの小寺氏の家老として、姫路城に居城していた。 天正5(1577)年、織田信長の中国攻略として、羽柴秀吉が播磨へ侵攻してくると、小寺政職は、家老黒田孝高の説得によって織田方に味方した。 天正6(1578)年、三木城の別所長治が信長に叛旗を翻すと、政職もこれに共鳴して毛利方に味方した。秀吉は、三木城を孤立させるため、播磨の諸城の攻略を進めた。御着城は天正7(1579)年12月、押し寄せる秀吉勢との攻防2日の後、政職が密かに英賀城に逃れる事によって終結した。 この後、御着城は黒田官兵衛に預けられるが、その後、御着城は廃城となった。 |
| 現 況 |
城址は本丸中央を国道2号線が貫いており、周囲も宅地化して失われている。姫路市役所東支所の敷地内が城址公園になっており、城址碑が建てられている。 支所の建物は城郭風になっており、その裏には空掘跡に天川橋が架けられている。 城址公園と国道を挟んで南側に小公園があり、こちらが本丸跡と言われている。ここには天川城址の碑と、小寺大明神が祀られている。 |
![]() 天川城址碑 |
![]() 本丸跡 |
![]() 発掘調査で出土 した五輪塔 |
![]() 小寺大明神 |
![]() 本丸跡 |
![]() 支所の建物 |
![]() 城址公園俯瞰 |
![]() 御着城址碑 |
![]() 天川橋と堀址 |
![]() 天川橋と堀址 |
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