帝國博物学協会
播磨國
三木陣屋
 所在地 兵庫県三木市本町2
 交通機関 神戸電鉄粟生線 三木駅下車 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 元和5(1619)年、三木の領主となった小笠原忠政は、一時的に船上城に入ったが、新たに明石城を築城して、居城を移した。
明石城には三木城から資材を運んで資材としたため、これにより三木城は廃城となった。
元和7(1621)年、徳川幕府は三木の一部を天領に編入し、この地に三木陣屋を置いた。
その後、三木は大名の飛び地となり、下総下館藩黒田氏の陣屋となった。
江戸時代中期以降は、藩政期を通じて館林城主松平(越智)武元、浜田藩等の譜代大名の陣屋が置かれていた。
 現  況 三木陣屋は、現在の三木市観光協会の敷地付近にあったといわれており、陣屋址の掲示板には、「徳川幕府の陣屋跡」と記されている。
また、観光協会の窓にも、葵紋を裏地に「徳川幕府三木陣屋跡」と記された案内用紙が貼られていた。
陣屋址は町の中にあるため、遺構は残されていない。

陣屋付近

陣屋付近

掲示板

三木市観光協会

案内用紙
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