帝國博物学協会
山城國
二条御新造
 所在地 京都府中京区古城町上古城
 交通機関 地下鉄烏丸線 烏丸御池下車 徒歩5分
 別  名 二条殿・二条御所
 略  歴 天正7(1579)年、織田信長の京の宿泊施設として築城された。
この地には和歌連歌で著名な二条良基の邸宅があり、「押小路殿」とも称されて洛中洛外図屏風にも描かれている。
邸内には龍躍池があり、「御池」の名前の由来の一つとされている。
信長はその跡地に、公卿の日記やルイスフロイスが記すほどの壮麗な屋敷を築いて、京都経営の拠点とした。
同年、屋敷は正親町天皇に献上され、誠仁親王の屋敷となり、二条御所と呼ばれた。
天正10(1582)年、本能寺の変が発生すると、信長の嫡男信忠は誠仁親王を避難させた後、この屋敷に籠城して明智光秀軍を迎え撃ったが、衆寡敵せずこの地で自害している。
この戦いで二条御新造は灰燼に帰して廃された。
 現  況 国際マンガミュージアム前に「二条殿跡」の石碑が立っているが、遺構は残されていない。
この付近には江戸期、金座・銀座が置かれており、それを示す石碑が付近に立てられている。
この西側の通りの民家の前には「二条殿御池跡」の石碑が立っており、この付近に龍躍池があったことを示している。

銀座址碑

二条殿址石碑

二条御新造跡

金座址石碑

二条殿御池跡

二条殿御池跡
石碑
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