帝國博物学協会
山城國
二条城
 所在地 京都府中京区二条城町
 交通機関 JR京都駅下車 地下鉄二条城前駅下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 慶長8(1603)年、徳川家康によって京都御所の守護と将軍上洛時の宿所として造営完成した。
慶長10(1605)年、家康は征夷大将軍の職を嫡子秀忠に譲った。秀忠は京に上洛し、二条城で2代将軍に就任した。これにより、家康は豊臣秀頼に政権を返上する意志が無い事を表明したと言われる。
慶長16(1611)年、豊臣秀頼と徳川家康の対面が二条城二之丸御殿で行われた。
慶長19(1614)年、大阪の陣の際には、二条城が家康の本営となった。
元和5(1619)年、秀忠の娘である和子が後水尾天皇への入内のため、二条城の改修を行った。
元和9(1623)年、3代将軍家光もまた、二条城で将軍に就任している。
翌寛永元年には、後水尾天皇の行幸を仰ぐため二条城の改修が行われた。
二条城には伏見城から天守をはじめ多くの遺構が移され、また従来の天守は淀城に移築するなどして、寛永3(1626)年に完成した。
寛永2(1625)年、幕府は二条在番が新設され、以後幕末期まで在番によって守備されることとなった。
寛永11(1634)年、将軍家光が大軍を率いて上洛して二条城に入城したのを最後に、将軍の上洛が行われなくなった。
寛延3(1750)年、落雷によって天守を焼失、天明8(1788)年には、市中からの大火で本丸の櫓・殿舎を失った。
この城が再び脚光を浴びるのは幕末で、15代将軍徳川慶喜の将軍宣下・大政奉還が二条城の二之丸御殿で行われた。
 現  況 城郭全体は非常に良い状態で残されており、二之丸御殿が国宝として、その他の門や櫓などは重要文化財として指定されている。
また、平成6(1994)年、ユネスコの世界遺産としても登録されている。
外 周

北面石垣と堀

西門

西南隅櫓

南門

東南隅櫓

東大手門

東北隅櫓櫓台
と北面石垣

北大手門
二之丸

東南隅櫓

番 所

二之丸御殿
唐 門

二之丸御殿
玄 関

二之丸御殿
敷台

二之丸御殿
大広間・黒書院

二之丸御殿
台 所

二之丸庭園

桃山門

米 倉

西 門

米 倉

西南隅櫓

南中仕切門

鳴子門

東中仕切門

北大手門

土 蔵

収蔵庫
本 丸

本丸櫓門

本丸東南隅櫓
櫓台と天守台

本丸東北隅櫓
櫓台石垣

本丸櫓門虎口

本丸御殿
(旧桂宮御殿)

本丸天守台

本丸搦手門跡

本丸搦手口と
天守台
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