コラム
12年04月30日 行動すること
12年03月11日 行動すること
11年04月11日 震災で考えたこと
11年03月06日 定期的にある「捨てる」ブーム
11年02月18日 ダイエットをする
10年12月02日 消費活動における判断ミスの原因
10年06月16日 捨てる勇気
10年04月17日 専用の道具は用途が狭い
10年03月18日 Amazonの有効利用法
10年02月17日 飽きることは当然である
10年02月07日 倉庫に住まなくてもよい
10年02月03日 文化の担い手にならなくてもよい
10年01月19日 試さないとわからないこともある
10年01月07日 家を買わないV
09年12月22日 家を買わないU
09年12月14日 家を買わないT
09年06月29日 家具を選ぶ
09年04月05日 サイズを統一する・続
09年03月29日 サイズを統一する
09年02月08日 店で売られているということ
08年12月18日 月単位の情報の整理
08年04月20日 掃除の回数
08年03月06日 収納の目的
08年02月07日 経済的合理性はどこまで追求するべきか
08年02月03日 ツールは解決しない
08年01月19日 引越しを利用した結果
07年10月22日 引越しを利用しよう
07年07月15日 モノを選別するテクニック
07年05月02日 モノを減らすテクニック
07年04月21日 モノを減らすコツU
07年04月14日 モノを減らすコツT
07年04月09日 車の必要性
07年03月30日 購入費と貯金
07年03月24日 オマケの対処法
07年03月10日 性別差について
- 035 広告が多すぎる
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テレビを持っていないので、CMで何が行われているのかを知りません。
テレビを持っていないというのは、ワンセグチューナーならあるとかの頓知ではなく、本当に電波で発信されているものを受診する装置がないという状態です。
新聞も読みません。
職場で捨てられている新聞を斜め読みする程度です。
(知っておくべきニュースがあれば、その先を検索して調べる。)
雑誌も専門雑誌を読む程度なので、どれが広告の内容が限定されています。
4コママンガ雑誌が好きなので買いますが、出会い系サイトとかの広告なので、安心して読み飛ばせます。
こういった生活をしていても、それでも新商品の情報は得られます。
さらに言うと、「これがあれば劇的に改善する」というサービスや製品は、はっきり言って非常に限られます。
そういった価値観や行動が近い人やサイトをブックマークしておけば、マスメディアの広告は不要であると考えます。
昔から疑問なのですが、今さらコカ・コーラの看板があったところで、消費に結びつくかどうか不明です。
研究はあるとは思うのですが、社会科学分野なので「こういう傾向が観察された」以上の話は見えないでしょう。
個人的には、区長になって「広告規制地区」とかを制定して、消費が下がったかどうかを見てみたいのですが、色々な筋からの反対が出ることが予想されます。
今回、言いたいこととしては、自分が何を望んでいるかは、自分が考えた方が解決が早いということです。
広告は、それっぽく数字やコピーを見せてきますが、本人にとって、どう価値があるのかを考えたら、要不要が明確に判断できます。
広告を作る側としては、「消費者が何を望んでいるか分かってないから、我々がそれを教えている」という主張をされるかもしれませんが、聞かなければいい話です。
最終的にサービス・製品を買うという決断は、消費者にあります。
何となく目に入ったものを、何となく買って、近い人とそれについての話をすることも楽ですし、それなりに楽しいでしょうが、私はそれをしないという主張です。
- 034 行動すること
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何をするにも予算が必要で、それを認めてもらうために書類を作成する必要がたくさんあります。
全員が「工場が流されたけど、また作りたいから金を貸してくれ・補助金を出してくれ」という意識なら、書類は1枚でいいと思います。
そういった話ではなく、貰うだけ貰って何もしない人が出てきたから、そういった運用になっているのでしょう。
それが色々な場面で繰り返されて、時間が経過すると、「書類がないと何もできない」という現状ができあがります。
これを十分に理解しないと、書類を右から左に流して、内容を精査せずにフォーマット(誤字脱字を含む)に執着するという非生産的な状態になるでしょう。
かなり感覚的に書いていますので、一部では正しく、間違えている点も多くあるとは思いますが、自分がそういった立場ならそうなるというイメージです。
おそらく、ルールを作る人のほうが定期的に運用する人よりも知性が高く、マニュアル化できていない部分があり、継承されずに脈々と受け継がれてしまっていると想像しています。
理由としては、「新しい価値を作れるビジネスマン(とても嫌いな表現ですが、伝えるために使っています)」と「言われたことを忠実に守り、時間を拘束されることが仕事だと思っている」という2種類の人が同じ職場にいるからだと考えます。
経営者は欲張りですから、全社員が前者であることを望みますが、どう考えても後者の方が多いでしょう。
この辺りは個人の自由ですので、好きにすれば良い。
業務マニュアルとかの程度の話であれば、読んで教わることも必要ですが、やってみて気付くことの方が多いと感じます。
インターネットとメディアの増加から、情報が非常に増えているために、失敗の事例を多く見すぎて、不安になることが多い現状(私も例外ではない)ですが、行動してみることにより学んだ方が楽しいと思います。
それでも失敗したら、何にもしなかった人たちが偉そうに言ってくるでしょうが、大した話ではない。
- 033 震災で考えたこと
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共産主義っぽくて嫌だが、地震によって、社会の姿を考える時期に来たと思う。
コンビニのように24時間の労働と営業を強いる理由は何か。便利さと経済活動が全てなのか。
その場合、今回のような生産地に被害を起きた場合には、売るものがなくなるので、経済活動に意味はない。
グローバリズムという生産地と消費地が大きく離れる現象の結果ということにも通じる。
燃料を投じて、移動中の事故等のリスクを負って、無駄な仕事を増やしてまで効率を追い求めることは、最終的に合理的なのか。単年度やいいとこ5年ぐらいのスパンではないか。
都市に集中することは、みんなが少しずつの知恵を集めて、独特のサービスを生み出し、一方で、非常に細かなニーズにまで応じることで成立している。これは今のところ正しいと考えられることだけど、1次生産物の生産地と大きく離れてまでやるべきをことなのか。
そもそも、生きることは単に酸素と食物を消費することではなく、何かしらの付加を生むことと考えることは付加価値を整理してピンハネをする人たちにとって都合がいいだけではないか。
川で魚を取って、畑で野菜を育てていた祖父母夫妻は何を生み出したのか(野菜を生み出したことは間違いがないが、流通ルートに乗せていたかどうかは詳しく知らない)。何も生み出していないとするなら、その生は無意味だったのか。仮に私か従兄弟か、その子孫が何かの価値を生み出したらオッケーなのか。
電車が十数秒の遅れを気にするあまり、高速で脱線して大惨事が起きた。各自が考えていた以上の便利さを追求するあまりに、もっと根本の「安全に目的地まで輸送する」という考えが抜け落ちた。
これは運転手だけの責任ではなく、運用のルールを作った側の問題で、さらに言うとその運用ルールを作らざるを得なかった人たちの問題だと考える。
より追求すると、同じ料金を支払っている立場というだけで、余裕を持って行動しないで文句を言う利用者と、株式を売買しているだけの株主の存在について、実態以上にイメージが大きくなってしまったということではないか。
時間は全員に対して共通の尺度なので、効率よく使うと賢いみたいな考えが横行しているが、それは「好きにしたら良い」程度の話なのではないか。
社会が個人の時間の使い方を指示するきまりはない。
これらの合理性を追求するがあまりに、やらなくて良いものも無理してやっているような感じがする。
対応する方法としては、水道・電気・ガス・通信・銀行の決済機能以外は、24時間の運用を禁ずるとかいう法律を制定して、施行すると想像してみる(この段階で共産主義以外の何物でもない)。
そうすると、今度は働く時間を長くしてでもお金持ちになりたいという考えの人を無視することとなる。一定数いれば、働いて利益や賃金を得ることは自由だとは思うし、コンビニが開いていることで助かった人は数多くいる(私も不規則な勤務をしていたときや、親族の不幸があったときには感謝した)から、法律で禁止ということは、おかしいという結論に達する。
そもそも、9時5時という考えは、社会で開始時刻と終了時刻を決めることで、合理的に物事を進めるためにしましょうという区切りでしかない。お役所仕事と揶揄されるが、そういった面からは、これ以上の合理的な仕組みは、人間が関与せずにコンピュータが勝手に行う仕組みをつくるしかない(最終的には人間が決済しているから、全自動ということはないけど)。
この考えが浸透すると、不都合に思う人(コンピュータが処理することで人間の職業が奪われるという考えは、機械を打ち壊したイギリスのデモと同じである)が出る。
これは、夜に黙々と働きたいという人や、昼間は働くから夜は学校に行きたいという人にとっては好ましくない。
ここに目をつけた人が、9時5時以外の時刻でも提供します・働きますという考えで、付加価値を生み出したと言える。
今回の電力会社の対応を非難する人・報道関係者がいるが、そもそも仕事(特に営利団体)で、たぶん起きないだろうとみんなが考える程度以上に深く考えていたら、上司から「無駄なことをするな」と怒られる。
怒ることは、非効率なことをするなという意志の表明と思う。
これは、リスクを負うことを承知で効率を求めるということである。
ジャストインタイムという即時生産・即時納品という効率を追求する考えがあり、これは消費者や株主が追求したものを具体化した結果と推測できる。
製品が短い時間で生産できるという前提だけど、さらなる前提として、設備や原料が手に入ることを基本としている。
これ自体は誤りではない。関数みたいに、こういった場合には必ずこうなるという仕組みを追求した結果である。
このために、工場を集中させて、流通経路を最適化した。そこまでしないと企業競争に勝ち残れないという社会のニーズなのだろう。製品に個体差がなくなると、期日や料金以外では比較ができないからである。
一方で、そういった企業競争をしないでもいい産業は一定数ある。
これは仕方がない。
電柱が2倍あっても構わないという人はいるだろうけど、多くの人は2倍ある理由を追及して、不要ではないかという結論に達すると思われる。
一方で、この商品を受け取る側も行き過ぎている感がある。
対価を支払ったら、サービスは供給されるべきという商業上の交換法則が前提となっている。
こういった法則が正しいとされる理由は、ここ数十年の消費者の権利が確立されたという話だろう。
資材を確保して価格を吊り上げるという完全競争下ではない状況が長く続いた、それで大商人だけが儲けて、個人の生活が苦しくなったという歴史を是正した結果だと思うし、それは良い変革だと思う。
ただし、個人の怒りがピークになった場合は、暴動や打ちこわしなどのリセットする権利が明文化はされていないがあったように思える(その結果で最大のペナルティである死罪が適用されるとしても)。
こういった、色々な、個人がぼんやりと考えている結果の集大成が、現在の社会システムである。
これに関しては間違いはないと思う。
したがって、効率を追求しすぎた結果が現在の状態であり、これが行き過ぎていないかということを言いたい。
その追求しすぎた結果という理由は、個人がちょっとした我慢をすれば良い程度の問題を無理に解決しようとして、それを商売としたためと思う。
個人も便利ならということで、享受し続けて、要求が肥大化した。
別に昔が良かったという気は全くない(30年しか生きていないから、変化とは言っても、水道もガスもあった)。
たぶん、こう考えられる理由は、現在は仕事をしていないからだと考える。
つまり、何となく感じぜずにはいられない期限や対価に応じた働きを求められていないから、好きに考えられる。
そして、憲法では考える内容の自由と、表現の自由が認められているから、ここで好きに書ける。
手書きでは書けない量(2時間で2000文字ぐらいが限界の一方で、ここまでで3000字を超えている)なので、これはテクノロジーとそれに適応した自分の能力である。
そして、私のことをオフで知っている人だけではなく、ネット上でしか知らない人も見てくれている。もちろん、私も全く知らない人の情報発信も見ている。
それは凄い進歩だし、街頭演説や出版をしなくても良いという合理性がある。もちろん、その便利さを享受している結果だ。
ただ、個人が思っている以上に便利になったために、それに慣れてしまっていることについて警鐘を鳴らしたい。
個人が思っている以上の便利さというのは、その個人がそれまで以上に要求してしまった形をくみ出した結果なので、そこをもう一度考えてみないかということについて、きっかけとなってもらえればと思って、書いてみた。
政治学や経営学から考えたら、突っ込みどころしかないような意見ですが、ちょっとでも考えていただけると幸いです。
- 032 定期的にある「捨てる」ブーム
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いささか遅れている感がありますが、「捨てる」系の話題について書きたいと思います。
「断捨離」「捨てる技術」「(国名)式シンプルライフ」等、ここ数年ほどで、何回かブームが来ています。
基本的に新聞や雑誌を読まないので、書店の入り口に平積みされているかどうかで判断しています。
そういった本の書評のページを作るぐらいですので、一応は読みます。
一言で表現すると、「物を減らせ」以上のことは書かれていません。
手放すことは喪失感のある行為ですから、躊躇われるために、それを払拭する理屈が述べられているといって間違いはありません。
そこで、2〜3年に1回、必ずブームが来ている(ブームが興されている)と感じます。
理由ですが、定期的に買わせる→定期的に捨てさせるというループと推測しています。
これが本当かどうかは分かりませんが、経済活動のために、モノを買わせ、そして捨てさせて、また買わせるという意志がどこかにあるように感じました。
ブームに乗せられることが悪いというわけではなく、わかってて楽しむなら問題は発生しません。
ただ、雑誌の特集記事に踊らされて、買う→捨てるという繰り返しは、非合理的ではないかという問題提起です。
これさえ買えばハッピーになる商品というのは、オーダーメイドでもない限り、なかなか存在しません。
さらに言うと、状況や意見は変わるので、死ぬまで大丈夫という保障はありません。
同様に、これはいらないから捨てても大丈夫ということは、自分で判断することです。
世の中に製品がある以上、どこかで需要が存在し続けるので、それが適用可能かどうかは、個人個人にしかわかりません。
大まかな考えを理解するための取っ掛かりに、ブームは有用だと思いますが、盲目的に信じることは誤りでしょう。
- 031 ダイエットをする
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ほぼ体重が安定しましたので、ダイエットについて書きます。
体調不良(70kg)→薬の副作用による過食(100kg)→半年かけて体調不良前に戻す(80kg)→半年以上維持(80kg)と推移しています。
この期間としては、だいたい2年ほどです(重いじゃないかと言われそうですが、180cmを超える大男ですので、BMIだと21.7になります)。
AmazonでもGoogleのどちらでも、「ダイエット」と検索をしたら山ほど引っかかります。
世の中の多くの人は悩んでいるのでしょう。
私が採用した方法は、至極簡単で、「食べる量を減らす」です。
いきなり減らすと、空腹に耐えられないということが普通でしょう。
そこで、例えばご飯の量を、「3カップ炊いて3回で食べる」から「3カップ炊いて4回で食べる」「2カップ炊いて3回で食べる」「2カップ炊いて4回で食べる」と段階を踏んで減らしていきました。
おかずも、野菜はそのままにして、肉類・脂類を減らしました。
偏食や断食系のダイエット法は、栄養学から考えて、間違えているという認識です。
当たり前のことながら、何も食べないと死ぬでしょうし、その直前の状態からは、何を食べても元気になると思います。
でも、何かを食べ続けて、必要な栄養素を賄えることはないでしょう。
もしあるなら、世界から飢餓が根絶され、ノーベル賞を取れます。
上記のように書くと意思が強いと思われるでしょうが、実は、お腹が減って我慢できないときは何かを食べていました。
その際に選んでいたものは、完結する食べ物で塩分・脂肪分が少ないものです。
ご飯を食べると、おかずに塩分が欲しくなりますし、カップラーメンとか論外です。
私のお勧めは、バナナ・シリアル・ヨーグルトです。
それなりに安くて、量を調整しやすく、腹持ちがいいという利点があります。
ご参考にどうぞ。
ちなみに、前提を覆すようで申し訳ありませんが、太っていることは悪いことではないと考えています。
成人病で早死にすることは本人の問題ですし、美味しいものをたくさん食べて死ぬなら本望だという人がいても悪くない。
短期的には、社会保険を圧迫している原因とも考えられますが、それが経済規模を拡大して、解決するために科学の発展に寄与しているかもしれません。
私は、自分が太って動けないことや、服を買い直すこと、シルエットが崩れることが嫌だと感じたからです。
このあたりは、個人の自由であると思うことを最後に書いておきます。
- 030 消費活動における判断ミスの原因
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いきなり結論から書きますが、見栄・権威・安心です。
これらを排除して判断できると、誤りは自然と減ると考えます。
わかりにくいので、具体例を挙げて説明します。
見栄は、実はそこまで必要がないのに必要と思ってしまうことです。
私の親の世代には、応接セット・百科事典・ピアノが豊かさの象徴としてイメージされていました。
基本的には、どれも毎日使うものではないと思います。
それなのに、人から豊かと思われたいという欲求から購入を決め、邪魔となっていることはあると思います。
権威は、判断するときに思考停止してしまうことです。
機能は同じなのに、有名企業・有名人・学閥を判断基準に入れると、ブランド料を上乗せして支払っている可能性が高いです。
OEM生産された機械類(今は外付けハードディスクドライブとかが適切かな)は、それこそ外側とロゴが違うだけです。
安心は、不必要な量を見積もってしまうときの傾向を表現しています。
一番わかりやすいのは保険ですが、死亡保障や医療保障は必要な金額を計算して契約するべきです。
もっと身近な例だと、同じ調味料が違うサイズで売られているときです。
多いほうが単価辺りは安い傾向がありますが、賞味期限内に使う量をその都度購入することが最も合理的です。
安心マージンは、あれば確かに安心ですが、なくてもどうにかなることの方が多いです。
主な対処として、予期と準備をして計画を立てることでかなりの部分はクリアできます(逆にクリアできないことは、本当に突発的な事故とかしか思いつきません)。
- 029 捨てる勇気
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モノ・職業・キャリア等を色々捨ててきました。
それでもどうにかなると思っています。
モノは、自分が執着しない限り、ほとんど買い直せます。
子どもの頃の写真や亡き人の思い出の品は、大切にとってあります。
職業も一度捨てました(転職しました)。
新卒採用が主流である現在の日本においては、大きな決断を要するものだと思いますが、3割は転職する時代です。
その会社に残る人の記憶にある成果は消えます(考慮されなくなります)が、こういう事をやってきて、こういう事ができて、(新しい会社に)こういう貢献ができますとアピールすると、難しいことではないと思っています。
キャリアも捨てました(休職しました)。
現場の最前線でそれなりに働いていましたが、精神と体調を崩して休職しました。
現実的な話として、弊社での出世はなくなったと考えて良いと思います。
もともと出世に興味がなかったですが、これで確定しました。
結果として、いまさらしてもしょうがないという意味も込めて、後悔はしていません。
やってみたら、意外と大したことはなかったなというのが素直な感想です。
捨てたものは取り戻せない・道を外れたら戻れないというイメージが私にありました。
おそらく、捨てられない人たちは、そのイメージが現実よりも大きなものとして認識されているのでしょう。
私が恵まれているだけの可能性もありますし、昔のことを考えてもしょうがないという合理性があるからかもしれませんが、そのイメージこそが捨てられない現実を作り、行動の選択肢を狭めています。
何でもかんでも捨てればいいという話ではないです。
ただ、恐すぎていないか、もしそうなら勇気を持って踏み出してみると違う世界が見える可能性が高いです。
- 028 専用の道具は用途が狭い
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これはタイトルそのままです。
何かの用途専用の道具は、その用途には極めて便利ですが、それ以外に使えないという特徴があります。
自転車を自分で整備していたためにワイヤーカッター、配線を隠すために電気コードをcm単位で作成していたためにワイヤーストリッパーを持っています。
前者は、5mm程度の太さのワイヤーを簡単に切り、後者はケーブルのビニールコートを一瞬で外します。
それ専用の用途としては、非常に便利です。
しかし、逆に言うと、それ以外のことには使えません。
両方の作業には、電工ナイフが一本あれば、実は事足りました。
配線工事を仕事として担当しているのではないため、そこまで専用的な道具が必要かは、使う頻度によって考えるべきでした。
私の所有しているモノで例を挙げましたが、通販カタログを見ますと、専用の道具はたくさんありました。
魚焼き網にフィットして魚を取るための大きなフォークのような形状のゴムベラ、10数センチの幅にぴったり収まるようなストッカー、組み立て式の水きり網等、発想は素晴らしいと思います。
もちろん、それがあれば解決する問題を抱えている方もいますが、決して大多数ではないと思われます。
パッと見ての「便利そう」という感想もいいですが、限られた道具は限られた範囲にしか使えないということを忘れないように冷静に考えることが大切だと思います。
個人的には、既存の道具でできるようになると、その道具がなくても一生使える技は残ると思います。
- 027 Amazonの有効利用法
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処分に困るものとして、よく挙げられるものに本があります。
私も読書は好きですので、以前は千数百冊を家に保管していました。
現在は数冊(好きな小説・読むと元気になる啓蒙書・なかなか売っていない専門書)です。
そのローテーション方法を書きます。
1.本はなるべく発売直後に買う
2.なるべく早く読み終わる
3.取って置いて、数日後・数ヶ月後にまた読みたいかを考える
4.ここで大半の本は「No」であると思われるので、Amazonユーズドに出品する
5.Amazonユーズドでも売れなくて時間が経過したもの(新書なら100円を切る程度)はBOOKOFFに持っていく
あくまで経験上ですが新書・文庫は、発売直後なら、かなりの金額(買値-340円)で買い手が現れます。
専門書は、内容が早く変わるもの以外なら、気長に出品していると忘れた頃に売れます。
他にも出品者が多く、値下げ合戦になっても買い手が現れない場合には、諦めてBOOKOFFに持って行っています。
これは、本の市場価値の調査にも使えますので、大事に取って置いている本が本当に価値があるかどうかもわかります。
前述の3にて、「また読む」と決めたものは保管して読んでください。
「また読むかもしれない」と曖昧にすることは止めましょう。
売ってしまったけど、また読みたくなった本というのは、個人的には年に1冊有るか無いかです。
よほどの本でもない限り、AmazonやBOOKOFFで売られていますので、それは買い直しています。
買い直した額よりも売上の方が圧倒的に多くなると思うので、経費と割り切ることが大切です。
- 026 飽きることは当然である
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以前好きだったモノ、以前に楽しんでいた趣味の道具等、今は使っていないけど保管してあるモノは、ほとんどの家にあると思います。
一般的に、好きなモノを見つけたときには「ずっとこれは好きでいよう」、新しい趣味を始めるときには「継続してやろう」と考えると思います。
これは、最初の一歩を踏み出すときに、自分の意思を後押しするための決意ですのであって当然だと思います。
その一方で、時間が経過して飽きてしまったら、その時の決心を誤っていると認める事ができずに、モノが残って情熱が無くなっている状況になります。
これに対する考え方は、「飽きることは当然である」ということです。
プロになったり、それで食べて行くつもりがなければ、興味の対象は次々と移るのが自然です。
これは、人間が変化を求めるという知性に基づいています。
したがって、飽きたら、時間を楽しめたことに感謝して処分しましょう。
ここに罪悪感を覚える必要はないです。
私の例ですが、好きだったものに美少女フィギュアがあります。
好きだったゲームのキャラクターのフィギュアでしたが、買った当時は飾って眺めて楽しめました。
しかし、だんだんとそこにあることが当然となり、最終的には風景の一部となりました。
ここで、楽しんだと割り切れて、知人に譲ることを決意しました。
趣味としては、自転車があります。
フェリーや電車で運び、山に登ったりして精神的な充足感を得ました。
しかし、体調不良等から次第に乗らなくなっていき、自転車も単なる置物になったので、処分を決意しました。
あの峠の頂上に着いた瞬間の達成感は記憶として残り、それを思い出すのに自転車本体は必要ありません。
楽しませてもらってありがとうという気持ちさえあれば、飽きたことに罪悪感を持たなくても良いと思います。
- 025 倉庫に住まなくてもよい
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前回と関連する話です。
前提となる考え方は、「コンプリートを目指す・維持しなくても良い」ということです。
具体的に説明しますと、好きな作家・漫画家・アーティストの作品を、全部揃える必要はありません。
好きな作家の好きな作品だけを所持すれば良いのです。
これも個人的な経験となりますが、気に入った本があるとします。
そうなると、その作家自身に興味が湧き、他の作品を購入し始めます。
この行程は、よく聞きますため、特に変な話ではないと思われます。
これを繰り返していると、その作家のあまり好きではない作品も購入・保管することになります。
これは本来の目的から外れています。
作品を楽しむことが目的であるのに、いつの間にかその作家の作品を集めることになっています。
家には、好きなもの・使うものがあれば十分ですため、好きでない作品を保管する必要はありません。
家は倉庫・博物館ではないので、好きなものさえあれば問題ないのです。
特に1980年以降発表されたものは、よほどマイナーなものでもない限り、Amazon等でほとんどカバーされています。
その作家の全ての作品が好きであるのであれば、存分に集めて楽しむことが一番楽しい時間だと思います。
そうではなく、それぞれの作品だけが好きならば、それだけを所持すれば良いのです。
知人宅には、美術大全集の数冊(好きな作品や画家単位)のみあり、最初は違和感を覚えました。
ですが、自宅は図書館や古本屋ではないので、その姿が正しいのだなと気付きました。
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024 文化の担い手にならなくてもよい
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甥と姪がいますので、そこで感じたことを書きたいと思います。
私の両親は普通の感覚の持ち主です。
そのために、甥が生まれたときには初節句の時に兜の置物、姪が生まれたときには雛人形を贈っていました。
それなりのモノを選んでいまして、それなりの大きさがありました。
一昔前の旧家等では家自体が大きいために、それぐらいは何ともないと思いますが、現在の都市生活者のマンション住まいには、かなりのスペースが必要となります。
孫の健やかな成長を望む事自体は当然のことだと思いますが、医療の発達した現代において、願を掛けるためのモノというのが必要かということを問題として提起したいです。
もちろん、文化を否定する気持ちはありません。
同様に、数百年前の名工が作成した雛人形が文化財となることも当然だと思っています。
ただし、現在の専門店で売られているモノが数百年後に文化財となるかというと、それはありえません。
高度経済成長期以降のものは、工業品と言っても構わないレベルだからです。
そうなると、わざわざ飾り物を(一部の見栄と)祈願のために購入し、保管し続けることの意義がないと思います。
息子が生まれたら兜を買う、娘が生まれたら雛人形をひな祭りまで飾る、子どもが生まれたら鯉のぼりを庭に立てる、こういった文化は土地とお金が余っている富裕層や名家に任せて、一般家庭は快適に過ごす環境を作成した方が良いと思います。
- 023 試さないとわからないこともある
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いつも色々と偉そうなことを書いていますが、失敗した話をしたいと思います。
大学生・大学院生・社会人になりたての頃は、ワーキングデスクに憧れていました。
SOHOという言葉があるように、家庭で大学・オフィスのような作業ができるように部屋を使いたいと思っていました。
大塚家具やインザルーム、yamagiwa LIVINA等で見られたら、「えっ」と思うかと思われます。
というのも、結構値段がします。
好みや一番欲しいものはありましたが、色々検討しました結果、値段的にどうにか手が届いたFantoniというメーカーの机を買いました。
サイズは色々ありましたが、1800mm×800mmの天板を選び、総重量が25kg程ありました。
値段は11万弱だったと記憶しています。
当時は6畳間に住んでいましたため、部屋の中ではとてつもなく存在感がありました。
プログラミングが職業だったので、自宅でもパソコンを複数台操作して、それなりに使いました。
しかし、家でも仕事をしているような感覚になることと、大きすぎて机の半分ぐらいしか使っていないことに気付きました。
そして、パソコンを机に置きながら、食事や勉強をしていましたが、結局は十分活用できていないことを最終的に自分で認めました。
やはり本当に家庭で仕事をせざるを得ないような職業に就くか、オフィスに置かないと意味は薄いという結論に達しました。
最終的に、昨年の最後の粗大ごみで処分することとなりました。
費用を投じた割には、短い期間だったなと思います。
以上の経緯ですが、結果としては無駄でした。
ただし、大きな机は家庭には合わないこと(書斎が別に取れるようは家では、また違うかもしれません)、家庭で仕事をしたいほどのワーカーホリックではないこと、憧れと実用は別であること等、色々と学びました。
将来的に、よりお金を自由に使えるときに試すより、身に染みたと思います。
自己弁護の割合が大きいですが、「試してみないとわからないことはある」という教訓としています。
- 022 家を買わないV
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友人からマンションを買おうと思っているんだけどという相談を受けたので、追記します。
最近の読書の影響設けていることを併せて明記いたします。
家を持つということは、誰の夢かということを考え直すことをお勧めします。
よくあるイメージとしては、庭付き一戸建てで子供と飼い犬が庭で遊んでいるというのがあります。
これは誰の夢なのでしょうか。
本当にあなたのイメージする夢を具体化した姿なのでしょうか。
悪意を持って問いかけると、土地デベロッパー・建築業者・ペット販売業者・金融機関の作り出した幻想ではないと言い切れるかを自問してください。
さらに、そのイメージは良い所を抜き出しただけではないでしょうか。
常識的に考えますと、家は経年劣化するために定期的な修繕が必要ですし、家族の形態によってはリフォームも考えなければなりません。
庭も綺麗に維持するためには、相当の労力が必要です。
ペットに至っては、日常の世話から、万が一病気になった場合の高額な医療費(人間のような医療保険も商品として存在はしますが)も考慮するべきです。
ちなみに、相談を受けたのはタワーマンションですが、これも六本木ヒルズのように「現代の成功者が住む」というイメージによるものではないかと聞き返しました。
仕事場へのアクセスが便利や生活圏と一致しているといった立地条件からそこが適当というのならば選択肢として正しいですが、イメージありきならば、それは違うのではないかと考えます。
欲しいと必要は全く異なり、欲しい場合には、そのイメージの出元は何かということを改めて考え直す時間を取っても損は無いと思います。
- 021 家を買わないU
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家を買うべきではない経済的合理性があります(望んで多く支払いたい方は別です)。
まず、現金一括でない場合は、通常ローンが組まれます。
3000万円を年利3.08%の固定金利(09年12月現在)で、35年返済の場合には、返済総額が4900万程になります。
返済した後に残るのは、買った当時から35年経過した建物(簿価としては0円)と土地です。
返済額以上の土地価格の上昇が見込まれましたら問題ありませんが、人口減が始まっている状況では、その可能性も低いと言わざるをえません。
そして、さらには購入時から返済までの期間において、払い続けることが可能な程度の所得変動しか無いということが大前提となります。
返済が滞った場合には、物件を売却されて、それがローンの支払に回されます。
この結果、債務のみが残ります。
一括で購入する場合も、多くの出費があります。
登記費用等でだいたい物件価格の5%かかります(小生がモデルルーム見学に行った際の見積もりより)。
そういった直接的な費用ももちろんですが、住宅業界では粗利は25%程と設定されているとのことです。
材料費や輸送費、職人さんの手当はしょうがないとしても、ここまで中間搾取があるのかというのが本音ではないでしょうか。
実際の工事費に、広告費や営業担当者・幹部の人件費が上乗せされているわけです。
こうなると、住宅という商品を売っているというより、住宅を持っているという優越感・安心感を売っているのではないかと思います。
当然、現代のように高度化したサービスが主体となっている経済では、中間の経費はかかって当然ですが、市場として成熟していないのではないかと思います。
一時期、モデルルーム見学をしていた時期がありましたが、某業者の担当者がブランドの腕時計とペンを使っているのを見て、全てがどうでも良くなりました。
別に汚い格好をしろと言っているのではないですが、夢を売るという触れ込みで、ローンと市場の不均衡で個人の選択肢を失わせている現状に気付きました。
- 020 家を買わないT
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現金一括でない限り、家を買うことは現代の生活スタイルから非合理であると考えています。
生まれていないので正確なことは見たことはありませんが、昔は生活範囲が決まっていました。
土地を資源とした生産活動(主に農業)が主体のため、住宅・集落・地域を出て生活することは想定されていませんでした。
そのために家長制度としての家が必要だったと思われます。
しかし、現代では、職種によっては国内どころか海外まで行き、仕事や生活をすることが可能です(本人の意思によらない可能性もあります)。
ずっとその地域で仕事を続け、仕事をしなくても良い年齢に達した時でも不自由なく生活できる場所に住むということは、極めて確率の低いことだと思います。
ずっと家族の構成要員が変化しないというのも条件の一つです。
未婚率が高くなったとはいえ、結婚する人のほうが多いのが現状です。
そうしますと、単身世帯(学生・若年層)→2人世帯(夫婦)→核家族世帯(3〜4人)→子どもが独立した後の2人世帯と数年から20年スパン程度で変化していきます。
この変化を許容する住宅は、まだ開発されていません。
最大人数に合わせるという戦略も考えられますが、不便な時期の方が多いと考えられます。
したがいまして、生活スタイルに合わせて、移住することが合理的な判断だという結論です。
住むところが見つからない可能性があるというリスクも考えられますが、住宅は増えていますし、日本の人口は減っています。
単純な需要供給のモデルでも、そのリスクは低いでしょう。
長くなりましたので、金銭的な面は次回に回します。
- 019 家具を選ぶ
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海外留学したことはありませんが、留学した同級生・教授の話を聞くと、家具付きの部屋が主流だそうです。
ちなみに英語ではファーニチャードと言います。
一方の日本のアパート(特に単身者・夫婦世帯向け)は、押入れもしくは同様のスペースとしてクローゼットが設けられているのが大半です。
近年に施工・リフォームされたマンションは、作り付けの収納スペースがかなり確保されるようになりましたが、万全とは言いがたいです。
作り付けは、どうしてもその目的に応じた使い方しか出来ないため、生活スタイルが異なるとかなり使いづらそうです。
やはり賃貸の方が、「どんな借主でもそれなりに使える」という汎用性を高めるために、何も備え付けられていないことが普通です。
以上から、やはり家具は必要であると考えます。
ここで、家具を選ぶ基準ですが、個人的に2つに分かれると思います。
・移動を前提としたその場凌ぎの家具
・親子孫で使えるぐらいの品質の高い家具
基本的に、品質の高い家具というのは、品質の高い木材を使用していますため、非常に重いです。
したがって、定住しており、かつ、生活スタイルが大きく変わらない前提ならば、こちらを勧めます。
一方で、転勤族と言われるような仕事をされている方は、その場その場の最適を追及し、1箇所数年で使えたら十分と考えた方が得策です。
私個人の話ですが、転勤族だった頃に両方を追求しようとして、中途半端に品質の良い家具とカラーボックスが共存する環境でした。
それなりに使い勝手は良かったのですが、部屋のバランスが悪く、いつも気になっていました。
部屋が好きで、落ち着いて日常を過ごしたいのであれば、それなりの家具を買って揃えた方が居心地がいいと思います。
ちなみにその場凌ぎの家具を何度も移動させることは止めておくべきです。
使い方が悪かったのもありますが、移動するたびに解体・組み直しをしていたカラーボックスは、ある夜に音を立てながら中板が割れました。
値段相応と言えばそれまでですが、非常に残念な思いをしました。
- 018 サイズを統一する・続
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さらに保管しづらいモノとして、診察券・住基カード等のカード類、取扱説明書、CD-R・DVD-Rがあります。
こちらは劇的に増えたりはしませんが、やはり定期的な処分が必要となります。
文房具店を探しましたところ、KINGJIM社とセキセイ株式会社から以下の製品が発売されていますので、紹介いたします。
・カード入れ
・取扱説明書入れ
・CD入れ
CD入れのみKINGJIM社とは違うため、若干A4の30穴ファイルで穴の間隔差がありますので、綺麗にページがめくれません。
ぜひ、KINGJIM社も開発していただけるようにお願いいたします。
同系統のファイルを準備することで、キャビネットや本棚に入れても綺麗に映えます。
プラスチックの原色ファイルでは統一が難しいのであれば、以下のファイルをお勧めします。
白か黒ですので、インテリアにあわせてください。
G−クラッセ社ファイル
- 017 サイズを統一する
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予てから保管のしづらいモノとして、写真・はがき・名刺がありました。
これらは、
1.定期的に処分して管理しなければならないこと
2.数十枚から数百枚まで増えていくこと
3.それぞれ専用のケースは百円均一ショップにあるが、サイズがことなること
の3点から、上手く整理できませんでした。
色々調べてみましたところ、KINGJIM社から以下の製品が発売されています。
・写真入れ
・名刺入れ
・ハガキ入れ
これらを使用すると、全てA4サイズの30穴ファイルに保管できます。
増えたら、同系統のファイル及び台紙を購入することで、いくらでも整理可能です。
100円均一ショップに比べて少し高価ですが、管理の容易さとインテリアとしての統一性から私はこの方法をとることにしました。
- 016 店で売られているということ
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ネットのオークションを個人的によく利用します。
理由は安いからということと、趣味的なものを探すと店で売られている場面に出くわすことがほとんどないので利用しています。
オークションは基本的に、最も高い金額を付けた人が落札します。
これはミクロ経済学的に言うと、最も高い金額の価値があると思っている人が購入するということになります。
需要供給の図がわかる方は、需要曲線の一番左の人が買うということになります。
ふと思いましたが、これは店でも同じです。
店で売られていて、まだ売り切れていないということは、その価格の価値があると考えている人が、店の供給よりも少ないということになります。
極端な例を出しますと、「どこの店でも使える商品券10000円分」がとある店で9000円で売られていた場合、即時に売り切れるでしょう。
これは価値と価格の関係が、価値>価格となっているからです。
現実的な例になりますと、プロ野球の日本シリーズのチケット等は、「その価格を出しても見に行きたい人」>「販売数」ということが言えます。
したがって、より高い金額を出す意思のある人が増えるため、価格は上昇します。
以上を逆にした場合、店で並べられている商品に付けられている価格以上の価値があると考える人がまだ在庫に達していないというのが「店で売られている」ということになります。
こう考えると、その店で買うということは、自分がその価格よりも高い価値があると考えているということになり、他の人はその価値がないと考えているということになります。
個人的に欲しいものならばいいのですが、ウインドーショッピングをしていて、気に入ったものがあった場合、こう考えると買う気が失せて、部屋に余分なものを持ち込まずに済むのではないでしょうか。
- 015 月単位の情報の整理
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公共料金や家賃などの支払いについて合理的かつ確実な方法をご紹介いたします。
多くの整理本にも書かれていますが、より具体的な手順になっていますので、ご参考にどうぞ。
用意するもの:クリアファイル2つ
事前準備:公共料金・新聞代等を「銀行引き落とし」または「クレジットカード払い」にしておきます
@ポストに投函される公共料金の使用量明細書や、クレジットカードを使用したときの利用明細書をクリアファイルの片方(以下A)に入れる
A銀行引き落としの場合は月末、クレジットカードの場合は毎月10日前後の明細が届いたら、それぞれを照合する
B銀行引き落としの場合には、一致したら捨てる。クレジットカードの場合は、明細と利用明細書が一致したらクリアファイルのもう片方(B)に移動する
CBの期間に、別の明細書が届いたら、Aのクリアファイルに入れていく
DBのクレジットカードの利用分が銀行口座から引き落とされたら、金額を確認し、一致したら捨てる
基本的な概念としては、銀行口座から引き落とされたものは確認済みとして、利用明細書を処分します。
クレジットカードの場合には使用してから引き落としまでの期間が1ヶ月〜2ヶ月ありますため、その期間はテンポラリのクリアファイルに入れておきます。
そして引き落とされたら捨てます。
個人的には、カードはネットでのショッピングと航空会社のマイルのために使っていますが、使用していないのであれば可能な限り銀行引き落としにしたほうが見るべきものが減って楽です。
- 014 掃除の回数
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掃除の回数は個人的には毎日したいぐらいです。
しかし、一人暮らしで朝から夜まで働いている職業上、やはり週末にまとめてやるしかないです。
そのため、毎週という定期的に掃除を行っています。
趣味に忙しい友人とかは、どうしてもそれ以上の間隔になっていると聞きます。
その状況は推奨いたしません。
理由は極めて簡単で、汚れや不秩序は溜まれば溜まるほど手間が増えるからです。
それこそ、毎週の掃除・整理の方が、毎月の掃除・整理よりも時間的に短く、そして心理的なハードルも低く取り掛かれます。
さらに、最終的な片付け具合も小まめにやっている方が、細かい点も見逃しにくくなります。
だんだん汚くなっていく部屋に毎日帰ってきて、「ああ、掃除しないとな」と考えること自体が個人的には嫌です。
そういうわけで、小まめな掃除に勝るものはないと思っています。
社会通念上、朝や夜に掃除機をかけるわけにはいかないので、私は毎週で妥協はしていますが、できれば毎日やりたいです。
- 013 収納の目的
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「収納」という言葉自体、「収めて」「納める」ですので、空間に格納するという表現が良いのでしょうか。
しかし、空間は自分の部屋もしくは住居以上にはなりません。
そして、寝るスペースや食事をするスペースを確保すると(毎回毎回片付けて場所を作るというマメな人は別ですが)、やはり限られるのでしょう。
そのために、テレビや雑誌などで「収納の名人」なる人物が、空間を一杯一杯に使い、今あるモノ全てを押し込んでいます。
「収納する」という目的では、おそらくそれは正しいでしょう。
しかし、これは目的と手段が入れ替わっていると思います。
冷静に捉えなおしますと、使うものを使いやすくモノを収めるということが「収納の目的」です。
押入れ・食器棚・シンク下とかにありとあらゆるグッズを使って無理に全てを収めることは、その目的から外れています。
このときの基準としては、個人的には、見苦しくないぐらいという状況を目指しています。
例えば押入れでも、無理に上まで積み重なっているのではなく、それぞれの種別のものが独立して置かれているというイメージです。
あくまで小職の場合ですが、押入れ上には、小物入れ用収納ケース・予備のパソコン、下には客用布団のみという状態です。
したがいまして、押入れを開ける時には、どこに何があるかは完全に把握して取り出します。
そこまでは無理にしても、「見苦しくないぐらいに量を制限する」というルールが適当ではないかと思います。
再度書きますと、「収納すること」が目的にならないよう、ご注意ください。
- 012 経済的合理性はどこまで追求するべきか
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いささか私の人生のテーマの一つとも言える内容になります。
こういう生活をしていますと、「何が楽しいの?」「何が目標なの?」と聞かれることは多いです。
最近はもっぱら、「面倒だから」等の感情論でその場をやり過ごしています。
聞く人はだいたい飲み歩き、大きなテレビを買い、ゴルフに出かけ、風俗に行っています。
どれも興味が無いからと言ってしまえばそれで終わりですが、それなりに必死に働いて得た賃金をそんなことに使いたくないという感覚があるだけです。
それを突き詰めますと、常にご飯と納豆で食事を終え、金のかかる娯楽はやらず、外食せず、ネットやテレビで物事を知った気になるという生活となります(もっとも安い娯楽はネットかテレビだと思っています)。
経済学とは、人の欲望という無限なものに対し、国土・資源など有限のモノをより効率的に配分するための学問ですが、それは間違いなく個人にも適用すべきだと考えます。
ですが、それを突き詰めすぎると、より効用を大きくして人生を楽しく過ごすという目的が、効用をとにかく大きくするための手段に熱中してしまうということになります。
一時期、これに嵌り、収入(手取りではない)の6割を貯金するという状況に陥っていましたが、その頃が楽しかった記憶はありません。
ただ、数字を守るためにありとあらゆる工夫をして、生活に関係ない部分は切り捨てただけです。
話が色々飛んでいてわかりづらいですが、経済的合理性はあくまで評価手法の一つであり、それ自体が目的ではないということを言いたいだけです。
その線引きは、果たしてどこなのか、まだまだ追求しています。
- 011 ツールは解決しない
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仕事に関係のある本を読んでいましたが、部屋片付けにも関連があるので、考えを述べたいと思います。
タイトルの通り、ツールは根本解決をしないのではないかということです。
例えば、本が多くて山積みになっている→棚を購入→モノがまた増えて、デッドストック発生という流れでしょうか。
本がイメージできないなら、服、食玩でも何でも良いです。
これは、収納系の家具だけではなく、掃除用の道具にも言えると思います。
新しい掃除機、油汚れの良く落ちる洗剤等は、あくまで行動をスムーズにするための道具であり、行動の結果、部屋が片付きます。
新しい掃除機や洗剤は直接的には作用しません。
掃除をする前に片付けるものが多いから、なかなか掃除機を掛けられないというのは、掃除機に問題があるのではなく、片付けるということが必要な現状に問題があります。
コンロ周りを掃除するのに、なかなか取り掛かれないというのは、とても労力がいるとわかっているからで、その状況になるまで放置したことに問題があるのです。
新しい掃除機・油汚れのよく落ちる洗剤は、その意識を軽減させて、部屋を片付けるモチベーションにはつながります。
しかし、道具はあくまで使うことによって解決に近づくのです。
根本的に解決するには、収納グッズや掃除グッズではなく、日ごろの意識と行動です。
いささか、精神論に落ち着きましたが、道具(ツール)が解決するのではなく、ツールが解決することを助けるのです。
- 010 引越しを利用した結果
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地方から東京へ移動しましたが、それなりの部屋に慣れ親しんでしまいましたので、占有面積は同じぐらいの物件を選んでしまいました。
居住スペース(トイレや風呂や台所ではない部分)自体も広くなり、正直言いまして、余っています。
家の近くに東京都内屈指の巨大商店街があることから、まったく予備のモノを準備する必要がなくなりました。
飲食店も豊富で、クリーニング屋も50mの所にあるため、部屋に必要なのは、パソコン・ベッド・ハンガー掛けぐらいで済みます。
ここまで便利ですと、部屋ももっと狭くても良かったように思います。
大きな家具や、トレーニング器具、予備の椅子・パソコンなど全てを処分している所です。
やはり東京においては、保管することよりもその都度買いに行った方が良いと思います。
- 009 引越しを利用しよう
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ごく個人的な事情ですが、転勤の内示が出ました。
地方から東京への移動ですので、部屋の面積は小さくなります。(転勤で別に収入は増えませんので、家賃はなるべく倹約したい所です。)
東京では、店の数と営業時間が地方とは比べ物になりませんので、予備用のモノ・トレーニング器具等、一気に減らせます。
大きな本屋も何店もありますので、ほとんどの本をBOOKOFF等に処分して、必要なときにまた調達ができます。(技術職のため、本がどうしても増えます)
そう考えると、災害というリスクを除けば、都市生活はモノが少なく送れる生活ではないかと思っています。
したがいまして、ショッピングセンターの近くに住むことで、倉庫代わりにできますので、部屋に保管する必要がなくなります。
正確に計算したことはありませんが、通常価格と安売り価格の差<部屋の中の保管のためのスペース代ではないでしょうか。
東京では一番高いものは、空間費であり、次が自分の人件費だと思いますので、そのあたりを考えて新しい住宅を決めたいと思います。
- 008 モノを選別するテクニック
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前回の「モノを減らすテクニック」よりもさらにデジタルに処理する方法を思いつきましたので紹介します。
正確には、思いついたというより、適用してみたというほうが近いと思います。
今現在、私が実践している対象は、「台所用品」と「本」です。
ただ単純に、「超整理法」を使っています。
使ったもの・読んだ本を戸棚・本棚の左から入れていきます。
それを繰り返しますと、左側にはよく使うもの・よく読む本が自動的に集まります。
逆に、右側にはあまり使わないもの・あまり読まない本が集まります。
数ヶ月に1回とか決めて、右に集まっているモノ・本を処分すれば終わりです。
この際、本は実用書が一番適しています。
好きな小説(年に1回ぐらい読む)とかは最初から除外しておくことを勧めます。
その際、あれもこれもとやってしまいますと、意味はなくなりますので注意してください。
個人的には、(社会人一人暮らしで自由に使えるお金があるため)全ての本にこのルールを当てはめて、また読みたくなったら買うぐらいの気持ちでいます。
このやりかたに関しては抵抗のある方のほうが多いと思いますので、あくまで極端な例として、記述いたします。
- 007 モノを減らすテクニック
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モノを減らすための判断基準は、前回・前々回で大体説明しました。
今回は、さらに実践的な手法について説明いたします。
@分類する
「使っている」「飾っている」をそのままにして、それ以外の「使っていない」「使う予定」「仕舞っている」を分別するためのそれぞれのゴミ袋に直行させます。
使うべき道具なのに、インテリアになっていないか疑うことも必要です。
このとき、「もしかしたら使う」は厳禁です。少しでも部屋にあったモノには愛着が湧くのが人情ですので、どうしても使わないのに取っておきたくなるからです。
A保留の箱を作る
いきなり分類するのが難しい場合には、悩んだ状態のまま許すという箱を準備して、そこに保管しておきます。
その箱の中に保管してあるものを使う場合には、そこから取り出し、使い、箱とは異なるところに片付けます。
3ヶ月とか半年とか期限を設けて、使わなかった場合にはその箱を中身を見ずに捨てます。
中を見ると、上でも書いたように捨てにくくなりますので、中を確認しないということは重要です。
B収納用品を捨てる
@とAを行いますと、ある程度片付くと思いますが、それでも部屋が雑多な感じがする場合には、収納用品が多いと考えられます。
そこで、収納の中をわざわざ分類するのは面倒ですし、悩む時間が長くなってしまいます。
そのため、まず収納用品を処分して、保留の箱に直行させます。
あとはAのルールに従いますと、自動的にモノは減っていきます。
ほとんどの人には、Bが強引だと感じられると思いますが、だまされたと思ってやってみてください。
部屋の隅においてある保留の箱の存在が嫌になってくると思いますので、処分する気がだんだんと湧いてきます。
- 006 モノを減らすコツU
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前回に引き続き、モノを減らすコツを続けたいと思います。
C十分すぎる貯蔵品を捨てる
店まで数十キロという所に住んでいるのであれば別ですが、倉庫みたいな量は必要ありません。
具体的には、掃除に使う用の元タオル・買い置きしている洗剤、トイレットペーパーなどです。
Dコレクションを捨てる
「世界で数点」というレベルの文化財があれば別ですが、ただなんとなく好きだから・数点あるから集め始めたモノは処分しましょう。
並べているだけでは掃除の邪魔にもなります。いつか飽きますし、ヤフオクなどで市場価値を確認してみて、価値が無ければためらいなく処分できると思います。
Eあまり思い入れの無い思い出の品を捨てる
生きた結果として、写真・卒業アルバム・人からのプレゼントなどが増えることはしょうがありません。
しかし、何でもかんでも取っておくのではなく、取捨選択をすべきかと思います。
思い出したくないもの・見直してもあまり楽しくならないようなものは置いておく必要はありません。。
F必要不可欠なもの以外捨てる
ある意味、前回の@と同じですが、@〜Eを完全に終えると、必要なものしか残っていないかと思います。
その後、何かしらで増えたものも、これを基準にすると瞬く間に選別できます。
私もまだこの領域までは達していませんので、今後の努力にしたいと思います。
- 005 モノを減らすコツT
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モノを減らすことにかけては、かなりの即断即決を行います。
しかし、他人の話を聞くと、どうもそこまで徹することができないみたいです。
トランク一つ並に減らすことを目標としている私と同レベルになる必要はありません。
中学・高校時代の無知・ヲタク時代から、現在のモノを減らす生活を追及するまでに培った、減らしていくルールをご紹介いたします。
@使っていないものは捨てる
あなたの家が博物館ならば別ですが、家は生活のためであり、死蔵品をためるためのものではないです。
具体的には、着ない服・壊れた電気製品・愛着の無いだ飾ってあるだけの物などです。
A使い終わったものは捨てる
使い終わったものをコレクションしているのならば止めはしませんが、もう使えないと思います。
具体的には、小さくなった服・穴の開いた靴下・読み終わって読み返すほどでもない本・毛先の開ききった歯ブラシなどです。
B代用できるものは捨てる
あれば便利なことは認めますが、あくまで便利であり、必要不可欠ではないです。
具体的には、複数あるコート・アイディア台所用品・アイディア家庭用品などです。
モノを減らすコツとタイトルを振りましたが、まだまだ長くなりそうなので、Tを付けて次回に続けたいと思います。
- 003 購入費と貯金
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同僚に「貯金魔」と言われるほど、収入に対する貯蓄率が大きいです。
あまり欲が強いほうではないというのもありますが、やはりモノを減らす生活が寄与していると思います。
その理由は、単にモノを滅多に買わないだけです。
なぜかと言いますと、モノを減らす生活というのは、モノが増えるよりも減る数のほうが多いという状況が続くことに他なりません。
捨てるモノがたくさんある場合には、「アレを捨てちゃったので買い直そう」「かなり減らしたから、これぐらい買ってもいいよな」という買うモノもそれなりにありました。
この時期はそんなに長く続きませんでしたが、あくまで「だんだんと減っていく」という状態でした。
この状態が続きますと、その非効率性が嫌になるとともに、自分にとって必要なモノがかなり絞れてきます。
したがいまして、モノを捨てるにしろ、買うにしろ、速断で選択が可能となります。
この段階になりますと、必要なモノが残り、不要なモノのみが処分されていきます。
そうして、買うべきモノがほとんどなくなります。
以上の話を、人口学の「人口ピラミッド」に当てはめて、初期の「多買多捨」型、中期の「少買多捨」型、後期の「少買少捨」型と命名してみたいと思います。
後期の状態になりますと、月の支出が消耗品(食料品や日用品)のみに近づきます。
私が現在それですが、結果としてお金が貯まります。
あくまで銀行口座の数字が大きくなるだけですので、モノとして管理しなくて良い分、これはこれで楽だと考えています。
- 002 オマケの対処法
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良く見聞きするのが、男性はすぐに物を集めだすということです。
実家の父、義兄、その他友人など、何でこんなものを集めているんだろうと、私見ながら思います。(家族との関係維持のため、文句を言っている母、姉には同意しますが本人には言いません)
特に食玩・グッズ関連などは、圧倒的に男性が集めているようなイメージがあります。
食玩などのほとんど価値の無いオマケ関係の、個人的な対処法ですが、「最初から開けない」です。
合理主義な性格上、オマケで選択して購入するということがありませんので、スタートの位置が違いますが、もともと欲しいお茶のペットボトルなどに付いている場合は閉口します。
開けると、また他の種類に興味がわいてしまうので、メインの商品を購入した以上、もう目的は達成したと考えるようにしています。
私も、以前には収集癖のあるヲタクでしたので、あまり強いことをいえませんが、最初から集めないという選択肢が現れ始めると、大きな変化につながると思います。
もし、使えるもの(ボールペン等)だとしても、既に使い慣れたものがある以上、必要ないと判断できるようになりました。
そういった身に着けたテクニックを踏まえ、男性一人暮らし視点での整理整頓のノウハウを執筆中です。
機会があれば公表したいと思います。
- 001 性別差について
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マニアのようになっていますので、私は多くの片付け・整理整頓系の書籍、サイトを見ていると思います。
あくまで私見ですが、実践的で具体的な例を書いているものの作者は女性が多いと思います。
これは、家庭を管理している方は、未だに女性が中心であることからもわかります。
あと、主に男性が家庭管理にあまり興味が無いというものあるかと思います(少なくとも私の友人・知人には少ないです)。
女性視点の本は良く書かれていると思います。
しかし、衣類・化粧品・調理器具などの個人的には、あまり多くないものにページを割かれていて、歯がゆい思いをしております。
ですが、改めて考えてみると、同じ一人暮らしの場合、男性は女性よりも必要とするモノが明らかに少ないと思います。
化粧品・衣類など、対象が大きく減るということは何よりも大きなアドバンテージです。
男に生まれてよかったと思いました。
女性に生まれていたら、そもそもこんな性格にはなっていないと思いますが、そこは考えないことにします。
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