個人的な歴史


小職の生活の移り変わりと考えの変化をなぞってみました。
かなり合理的な性格をしていても、ある程度の時間がかかったことを明記させていただきます。


小学生まで
中学時代
高校時代
大学時代
院生時代
社会人(新卒)
社会人(転勤1回目)
社会人(転勤2回目)
社会人(休職)
社会人(復職)


小学生まで
たぶん(あくまで私見です)普通の小学生でした。
まだ両親の管理下でしたので、そんなことを意識した記憶はないです。
ただ、特定のモノを非常に好んで使い続けていたことを覚えています。
中学時代
寮生活が始まったので、モノを管理する必要性が出始めました。
寮という制限下で友人らと比較すると、かなりの多くのモノを持っていたと思います。
当時成長期でしたので、服がとにかく増えました。
使用可能なモノだが、自分では使えないモノ(小さくなった服とか)を捨てるということを学んでいなかったと振り返れます。
モノは使えるか使えないかで判断するという家庭教育が残っていました。
高校時代
ヲタクでした。
ハマったものに関連するモノをとにかく集めていました。
熱すると、とことんまで追求する性格が災いしたと思います。
あまり思い出したくないですが、部屋はヲタグッズで溢れていました。
しかし、受験勉強が始まるとともに飽きまして、売る・捨てるなどをして、寮を出ました。
特定のモノを集めることはそれなりに楽しいが、飽きたときの虚しさを学習しました。
大学時代
経済的にも一部の仕送りのみで生きていました。
逆に言うと自分で稼いだ分は好きに使うということで、かなり好き勝手にモノを購入していました。
最盛期には、パソコン3台・本1000冊以上の典型的なオタク気質の部屋でした。
途中で先輩と同じ下宿に引っ越して、その先輩からモノを使う・使わないで選別することを覚えました。
そして、本などモノを並べることに関して、不毛だと気づき始めました。
院生時代
経済的に完全に独立しましたが、奨学金のみで生きるという貧窮した生活でした。
研究も忙しかったため、部屋をメンテナンスする時間(整理整頓して掃除する時間)が限られました。
部屋にほとんど帰らず、寝る・食べるだけがメインでした。
モノを買うほどの余裕がなくなったこともあり、部屋にあるいらないものを売却・処分して、どんどん減っていきました。
6畳一間のうち、4畳半ほど何も置いていないスペースがありました。
社会人(新卒)
正社員にもかかわらず、同じ下宿(トイレ共同風呂無し)に住み続けていました。
経済的な問題は一切なくなりましたが、院生時代の反動でモノを衝動的に買うこともなく、厳選して買う癖が付いていました。
必要だから買うから、質を高めるために買うという傾向になりました。
スーツを着続けるため、私服が一気に減りました。
社会人(転勤1回目)
地方へ転勤しました。
さすがに風呂・トイレが部屋にあるアパートに住んだため、所持するモノの数は増えました。
学生時代には、数人分の料理を作っていましたが、今は一人分ですので調理器具・食器類が減りました。
モノを減らしながら、部屋の調和を大切にするインテリアになっています。
社会人(転勤2回目)
地方から東京に転勤しました。
部屋が少し広くなり(6畳→7畳)、フローリングになりましたので、椅子とベッドの生活が完全に定着しています。
巨大商店街のすぐ近くに住みましたので、部屋にモノを保管する必要性が全くなくなりました。
部屋は1Kですが、1Rでもよかったかなと思っております。
社会人(休職)
体調を崩して休職しましたため、時間がたっぷりありました。
その状況でも、あまり使わなかったものは、もう興味がないと判断して処分しました。
休職のため収入がないので、売れるモノは手間が掛かっても売ってお金に代えました。
もともと売る予定のものは箱・保証書等取っておきましたので、それなりの金額になりました。
社会人(復職)
時間がたっぷりある状況から、勤務時間と移動時間が減ることを予測しました。
そのために、さらにモノを減らして、とにかくメンテナンスが楽になる方法を追求し続けています。
あまりに長く休職していたわりに、生活時間以外は自由に動いていたわけではないので、資格試験のテキストとかが残り、早く処分したいと考えます。

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