[アニメの話]「かんなぎ」の感想を重ねながらぐるぐると
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以下、いつものぐるぐるトークであり、「かんなぎ」ファンの方の心証を害する恐れのある言葉が続きます。ごめんね。
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「かんなぎ」のアニメ版を全話見た。
ある日突然、神さまを名乗る美少女(家事ができるわけではないので押しかけ女房ではないっぽい)が家にやってきた! で、いきなりの女の子の暮らしにどきどきしているうちに、主人公はモテモテになっていく、というべたな話である。
ヒロインがなにやら超常能力を持っていたりするのが「うる星やつら」っぽい感じではあるが、そこに、日本の神道をめぐるぐちゃぐちゃした世界をむりやりつっこんだのが面白い。
ヤマカンの愛称で呼ばれる山本寛さんの初監督作品だったり、連載の途中でヒロインに彼氏がいたらしいことが明らかになって大騒ぎになったり、といろいろ話題はあった。残念なことに、今は作者のケガで原作の連載は止まっている。
(ちなみに、産土神に処女であることを求めるなんていう、ヲタクの風上にも置けないレベルの低い騒ぎについては、一部の人の作りが勝手に大騒ぎになったのだろう、と勝手に思うことにしている。つか、劇中におなかが大きい描写まであるのにね。わけわかんねえ。もちろん、商売としてアウト、というつっこみについてはそれなりに的確だと思うが、だったらこの作品はそもそも<そういう意味でのヲタク向け>的にアウトな設定が多すぎるw)
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意外と思われるのか、さもありなんと思われるのか、正直言って、設定と仕組みについてはけっこう気に入ってしまったのだった。だからこそ不満点がやたら目についてしまって、評価としては微妙なところに落ち着いてしまったのだけれど。
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主人公は仁くん。感じやすく前途多難で、へたれで、ひとりぼっちでは生きていけない弱虫のくせに、なぜかひとりに追い込まれることの多い少年である。自分の様々に劣等感を感じていて、何かを試すたびにうまくいかず、一人で勝手にやさぐれている。
ヒロインはなぎさん。なんでも舞台となったかんなぎ町の産土神様を自称している。なるほど木から生えてくるし、超常的な能力を持っているし、すごく適当できまぐれな様子が神さまっぽい。しかしなにやら彼女がなんであるかは定まっていない様子でもある。記憶がすぐ飛ぶし、性格も曖昧だ。
第二ヒロインはつぐみさん。仁くんの幼なじみだ。ひとりぼっちの彼の母親代わり姉がわりをやっていたのだけど、だからこそお互い大きくなってうまく距離感がつかめなくて、その思いが恋になってしまっても行き場を見つけられずにいる。そのうえ、美少女のライバルまで次々と現れる。
第三ヒロインはざんげちゃん。ちなみに、ざんげちゃん、までが名前である。なんでも神さまとしてのなぎさんのふたごの妹らしいのだが、今は白亜さんという女の子の身体を間借りしてアイドル業をしている。なぎさんよりも遥かに安定していて強力だが、同じように記憶の混乱や様々な“言えない言葉”を持っていて、いまいち正体がつまびらかではない。ちなみにこの姉妹はすごく仲が悪い。
つぐみ&ざんげちゃん(白亜) → 仁 → なぎ → ?
図式化するとこんな感じの関係である。
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さてこのラブコメを奇妙にややこしくしているのが、作品独自の<ケガレ>概念と、霊的存在、それから彼女たちが(自称にせよ)産土神を名乗っていること、である。
なんでも<ケガレ>というのは虫の形をしていて、とりついた人に不運をもたらしてしまうのだそうだ。自称神さまたちに依れば、それを祓うのが彼女たちの仕事らしいのだが、ケガレの姿が目に見える形で現れ、具体的な障害を起こしているのはこの街だけなのだという。
また、なぎもざんげちゃんもまともな人間でないことだけは間違いがない。なぎは木から生えてくるし、ざんげちゃんも白亜という女の子の中に生きている。先のケガレもそうだが、どうもこの世界には霊的な何かがいるらしい。しかしそれはどこか、共同のお約束、あるいは地域の民俗の具現化を想起させる何かであり、統一的な“霊とは~である”という印象はひどく乏しい。
そして、産土神。なぎのことを、おぼろげに記憶していたり、幼い頃見たという人はわりと存在している。しかしそれについてなぎはあまり覚えていない。それどころか、彼女自身が自らが何であるか、を探ろうとするとき、彼女の記憶はおぼろげになりしかも耐え難い恐怖がもたらされる。
どうやらこの世界の人びとが様々に“定まっていない”というのがこの作品の勘所のようである。そのことに恐怖しながら、もしかすると“定まらない”ことこそが本質であると受け入れねばならないことへの不安。そこに、幼い頃から寂しく、自分を肯定することもできず、何かというと切れて大きな声を上げる弱虫の主人公の姿がどこか通底していく。この作品はそんな青春群像なのである。
サービスカットも多めだけどな。
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さて不満点が何かと言えば。
こんなにおいしい題材なのに、それなのに、ああそれなのにw、町の描写がともかく薄いのである。学校と住処、繁華街の位置関係ははっきりせず、つぐみと仁がどのくらいの距離の場所にお互い住んでいうるかも明確に描くことをしない。何より許せないのが、なぎが祭神だったという「かんなぎ神社」がいったいどういう場所にあるのか、というのを臭わせることしかしない。これでは宮司もなにもへったくれもない。つか、神社という場所がいったいどういう場所に作られたのか、考えたことがあるのかね? 地名は? 地形は? 土の色は? 水の流れは? 参道は? その道はどこに繋がっていて、どことどこを繋ぐ旧道へと繋がるのか? とつっこみそうになってしまったのだった。
まあね。たぶんこれは、商業的な理由でいくらでもオミットされる内容なのだろう。そんなの視聴者のほとんどもわかんないもんね。そんなのスタッフに周知徹底させるなんて無理だもんね。わかってる。でも、惜しいと思ってしまったのはどうしようもなくて。
あと、敬愛する「美鳥の日々」などに鍛えられてしまったせいなのか、街などの空間がどのようになっているかきちんと設計されていない作品において、人が人を捜しているシーンにサスペンスをみじんにも感じなくなってしまった。
たとえばぷいっと家出をしたなぎを捜して、仁が繁華街まで自転車を飛ばす。アニメはこれだけのシーンでもけっこう時間をかけて描かなければならないわけだけど、その距離感が作品に生かされていないもんだから、転送ビームで飛んだみたいに間が抜けた演出になっていた。
シーンごとにはきれいでぐっと来たりするから、よりもったいなかったのだけれどね。
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そしてなおもったいなかったのが、産土神は“場所にあり、同じく直線的な時間を超える”存在であることが、におわされているのに、映像的な演出で生かされていなかったこと。事実、物語上でもなぎやざんげちゃんが、ある種の時間を超越していることが示されているのに。
上で冗談めかして書いた、神社がどういう場所であるのか知っているのかね、というつっこみはここに繋がってくる。ほんとは別に、神社の成立とか系譜とかの雑学なんてどうでもいいのだ。でも、場所、がなければ、そこに神は宿らない。それが<設定>で示されているのに、<演出>で描かれていないのよねえ。
青春活劇に思い出の場所というイコンは必須で、さらにそれが“神さま”の姿を借りて擬人化までされている作品なのに。そして神さまがいつも、直線的に過去から未来へと繋がっていく時間と、春夏秋冬のようにめぐる円環的な時間の交点にあることと、いつか過ぎていく青春が重なることが面白いのに。
てな感じに、ああもったいないーもったいないー、とびったんびったんしていました。繰り返すけど、不覚にもけっこう気に入っちゃったので思ったのよー。原作の瑕疵なのか、アニメの瑕疵なのか知らないけどね。
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まあリアルタイムの視聴ではないので、あまり偉そうなことは言えません。
仕組みはかなり面白いです。とくに後半、神社を守っていた人びとが出てきたあたりから、ぐるぐる感が加速していくところとかいいですね。愛らしいキャラクターも多く登場しますし、サービスカットを好む向きにもなかなかのシーンがあります。商業的には苦労しているようですが、なかなかの作品だったのではないでしょうか。
あと付け加えておくと、私が言っているようなことを実現するとさらに売れなくなる恐れがありますね(笑)。つか「美鳥の日々」も売れてないらしいしな!
ただ、同じ脚本家の「かみちゅ!」はそのあたりのことをひたすらに、フェティッシュなまでに描いた傑作でした。それは多分に、ロケハンを行った尾道の街への深い愛情に支えられていたように感じているのですが、つまりは私は、この作品の仙台の街への愛情の不足(を思わせる描写)を残念に感じているのかも知れません。
てな感じで、結局そういうことかよ! てな話にまとまってしまいましたが。
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てなてな。
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永ちゃん

