唐津くんち(宵山) ![]()
2日は宵山 19:30〜22:00 3.5Hで3日・4日と同じルートを回る為、スピードがあります。 又、堤燈をつけた曳山は格別です。 白と黒のコントラストが良いです。 11番山 酒呑童子と源頼光の兜は宵山が一番映えます。 ちびっ子は怖くて泣き出す程の迫力があります。 |
唐津くんちとは唐津神社に五穀豊穣を祝い感謝する祭りです。 3日は御旅所神幸です。したがって、3番山と4番山の間に唐津神社の神輿(みこし) 8番山と9番山の間に大石神社の神輿が巡業に加わります。(本当は唐津神社の神輿と大石神社の神輿に曳山が加わっていると言うのが正しいのですが・・・) 3日の見所は重さが2t〜4tもある曳山の車輪が砂地にめりこみながら曳き込んでいく勇壮さである。なおこの日は神事の為、赤獅子は頭の上に御幣を掲げ神幸路を清めながら進みます。 |
4日は町廻りです。見所は唐津くんちをこよなく愛する唐津っ子が曳山を曳山展示場に収める所です。名残りおしんで中々収まりません。 3日は旧大成小学校に昼展示されますが、4日はJR唐津駅前に展示されます。 近くで見れ曳山の内部等も見れます。 |
| 1番山 赤獅子 刀町 文政2年(1819) 御弊(赤獅子の頭部に取り付けられる白い物体)があるのは赤獅子だけです。 |
2番山 青獅子 中町 文政7年(1824) 青獅子の髪のなかに隠してある垂れた電線を除ける棒があります。 |
3番山 亀と浦島太郎 材木町 天保12年(1841) 浦島太郎は玉手箱を持っているので竜宮城からの帰りです。 『市丸家具』『キクチ家具』などあります。 |
| 4番山 源義経の兜 呉服町 天保15年(1844) 掛声はエンヤではなくヨイサ 呉服の町だけあり錣(しころ)は一枚一枚作り込んであります。 たしか女人禁制だったと思います。 |
5番山 鯛 魚屋町 弘化2年(1845) 小学生の時宵山で巡回時、大石町で鯛のしっぽが電線に当り尻尾が折れ垂れたのを見た事があります。 柔道教室があります。(今もあるのかなっ?) |
6番山 鳳凰丸 大石町 弘化3年(1846) 外町地区には曳山が浦島・鯛山・鯱・鳳凰丸の4台なので大石町は曳き子が多いです。 じゅんちゃんの行き付けのお洒落な床屋『オーム』があります。 |
| 7番山 飛龍 新町 弘化3年(1846) 飛龍はかっこいいですよ!! |
8番山 金獅子 本町 弘化4年(1847) 井手先輩が曳いています。 金に関係している銀行が多い町内です。 |
9番山 武田信玄の兜 木綿町 元治元年(1864) 上杉と武田の武勇伝の中に上杉謙信が敵(武田)に塩を送った話にちなんで木綿町では清めの塩はまきません。 |
![]() |
||
| 10番山 上杉謙信の兜 平野町 明治2年(1869) 上杉謙信の兜の曳き子の先頭には『龍』の軍旗を持った人『乱れ龍』がいます。 |
11番山 酒呑童子と源頼光の兜 米屋町 明治2年(1869) 米屋町のあごひもの中身は米のもみがらが入ってます。 |
12番山 珠取獅子 京町 明治8年(1875) うちの弟が曳いてました。 |
![]() |
家が栄えるようにと願った"栄家(えいや)"が、なまって"えんや"になった 国指定重要無形民俗文化財 (昭和55年1月指定) 次のページに地図や撮影ポイントなど紹介します。 |
|
| 13番山 鯱 水主町 明治9年(1876) 水主町(かこまち)と読みます。 長崎の大村にも水主町があります。 水主町の隣が船宮町なのです。 |
14番山 七宝丸 江川町 明治9年(1876) 掛声はエンヤではなくヨイサ たしか江川町も女人禁制だったと思います。 |
|
| 祭りの様子の写真 エンヤー・エンヤーが聞こえてくる様です。 |
祭りの様子の写真 曳山の上に乗るのは名誉な事なのです。 |
祭りの様子 小中学生の頃は笛・太鼓・鐘を担当します。 |