| 青山の鶴 |
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「ミサトが起きんの待ってんの?」 お茶を一口啜って、アスカが尋ねた。
「いや、そうじゃないんだけど・・・」 シンジはそのまま口篭もってしまい、アスカは話題を変えた。
「零号機、来週運用復帰らしいわね」
シンジは何も言い返さずに揚げ煎餅に手を伸ばした。
「自覚に欠けてんじゃないの?」 アスカが畳み掛けると、シンジはアスカの方をチラっと見てから、「そうかもしれない」と呟くように答えた。
「ったく、少しはちゃんとしなさいよ」 アスカは少し言い淀んでから鉾を収めた。
「ま、あんたには借りが一つあるし。今日はこのくらいで許したげるわ」 そう言うと、再びお茶を啜った。 暫くそれを見ていたシンジは、やがて言った。
「明日の買い物、何かお菓子も買おっか」 アスカは、ぷっ、と噴き出し、あはは、と笑った。
「なんだよ、あった方がいいんだろ?」 アスカは、笑いながら揚げ煎餅に手を伸ばした。
「あんた、今日はやることないの?」 アスカは、ふーん、と言いつつ再びお茶を一口啜って、続けた。
「今日は、どういう風の吹き回し?」 アスカは、揚げ煎餅の盛られている深鉢の方を軽く顎で指した。
「ああ、えっと・・・」 シンジが答えられないでいると、アスカが、ふっ、と笑った。 シンジも、えへへ、と笑った。
「いつも三馬鹿で何話してんの?」 シンジは口をとんがらせつつ答えた。
「テレビの話とか、マンガの話とか、ときどき、使徒のこととか・・・」 アスカは、ふーん、と言いながら、左腕を椅子の背もたれに掛けて、シンジの方に少し身体を傾けた。
「ファーストの話とか、してないわけ?」 アスカは、やや間を置いて答えた。
「つまり、情報源よ、情報源。そういう情報が入ったわけ」 シンジはそっぽを向いて答えた。
「あたしの話は?」 そう言いながらアスカが右手で頬杖をついたのを見てシンジが言い返した。
「なんだよ、いいだろ別に」 アスカは、「はいはい」と言いながら頬杖を外し、両手をテーブルに突いて、天井を見上げた。
「あんたってほんと、話題に乏しいわね」 そう言ってシンジの方を向いた。 シンジは少し目をしばたいてから言った。
「今日は・・・、用事ないの?」 アスカはそう言うと、両手の指を組み合わせて掌を向こうに向けて腕を前に突き出し、うーん、と伸びをした。 続いて椅子の上で姿勢を正すと、凝りを解すように、肩の上で首を何回かくるくると回す。 その様子を見てシンジも、椅子に深く座り直して背中を伸ばした。
「ほら、あんたの番でしょ」 アスカがリクエストを出した。
「日本人で誰かいないわけ?」 アスカは、少し考えてから、再び「誰?」と訊いた。
「知らない?」 シンジは、下を向いた。
「いや、アスカ、いろんなこと知ってるし、てっきり知ってるかと・・・」 そう言われてシンジは、うん、と頷いて、少し考えた。
「イギリス人の貿易商だったんだよね」 アスカは、うんうん、と頷いて、訊いた。
「で、その人がどうして歴史の教科書に載るわけ?」 アスカは、ふーん、と頷いてから、「ん?」と言って、ゆっくりと右手を挙げた。 そしてそれをシンジを指差すように振り下ろした。
「その人もしかして、アレじゃないの? ほら、Madama Butterflyの」 そう言ってアスカは湯呑みに手を伸ばしかけた。
「アスカも、加持さんと結婚するんなら国際結婚だね」 シンジはにこにこと笑っていた。
「でも今は国際結婚なんて珍しくないか」 そう聞かれてシンジは、アスカの顔をまじまじと見つめた。
「な、なによ」 アスカはふんぞり返ってそう言い放った。
「そうかもしれないけど、でも、夫婦になるんだよ?
些細なことだって喧嘩になったりするのにさ、ましてや言葉が通じなかったら・・・」 アスカが、すっ、と息を吸ったのを見て、シンジの口調が途端に弱くなった。
「ダメなんじゃないかな・・・」 シンジはアスカに半眼で睨まれ、「ごめん」と言って下を向き、弱々しく言い添えた。
「でも、アスカならだいじょぶだと・・・」 アスカは、えっ、と声を上げた。
「何言ってんの? 何の話?」 聞いているアスカの目はみるみる冷ややかになっていく。
「結婚は友達作るのとは違うわよ」 シンジが答えないでいると、アスカは椅子に深く腰掛け直した。 テーブルに置いてあった湯呑みを自分の方にゆっくりと引き寄せ、両手で包み込むように持った。 もうほとんど熱くないらしい。 しかし、飲むわけではなく、湯呑みを上から覗き込んでいる。 シンジは、そんなアスカの様子を上目遣いに窺って、やがて言った。
「変なこと言ってごめん」 そう言われてもアスカは、少しの間湯呑みの観察を続けていたが、やがて「いいわよ」と言った。 シンジはお茶を一口啜り、それから話題を変えた。
「日本って、外人が暮らすの、大変じゃない?」 アスカは顔を上げて訊き返した。
「え? そう?」 そう言ってシンジは少し考えた。 アスカは揚げ煎餅を齧り、お茶を啜った。
「歩いてるだけでじろじろ見られたり・・・」 アスカは手をパンパンとはたいて、指についた煎餅の粉を払い落とすと、 身体を捻ってシンクの下の収納の取っ手に掛けられているタオルに手を伸ばし、指先を拭った。
「アスカは偉いなって、思うんだよね、ときどき」 シンジは慌てて手を振った。
「一人で日本に来て、エヴァに乗って・・・。
グラバーさんの頃に較べたら、それは今の日本はドイツの人にも馴染みやすいだろうけど、それでもさ」 そう言いながら、アスカは笑っていた。
「けっこう面白いじゃない、日本って」 シンジは、ふうん、と言って、一瞬置いてから、あはは、と笑いだした。
「あたしは良く知らないけど、そのグラバーって人も、日本が好きになったんじゃないの?」 シンジもお茶を啜って続けた。
「武器の貿易の仕事は、代金を踏み倒されたりして破産しちゃうんだけど、
それでも帰国しないで、政府の仕事を手伝ったり、死ぬまで日本で活躍したんだって」 シンジは、うん、と頷いてから、あのさ、と切り出した。 が、続きがなかなか出て来ない。
「なによ。何か言いたいわけ?」 アスカは、シンジの顔をまじまじと見つめ、それから言った。
「なんで?」 シンジは下を向いて謝った。
「なんで謝んのよ」 アスカは、シンジの下を向いた頭を見ながら少しの間黙っていたが、やがて言った。
「普通は、帰るだろうと思うもんなんじゃないの?」 シンジが顔を上げた。
「うん・・・、なんでだろ?」 シンジは、えへへ、と笑った。 アスカは、ほんっとにバカね、と呟くと、湯呑みを空けた。
「もう一杯もらおっかな」 |
| つづく |
| あなたの産まれた日に |