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Coda / 結尾部

8月11日。火曜日。

今日は攻撃の日。 朝6時ネルフ入りだったので、4時半に起床した。 目覚ましが鳴ったとき、ぼくはぐっすり寝ていた。 慌てて起きようとしたら、背中に痛みが走った。 そうだ。寝床をアスカに占領されてしまったので、毛布に包まって部屋の隅に転がって寝たんだっけ。 何日か前のアスカと同じ状態だ。 アスカの心配をしてたクセに、自分が同じことになってれば世話はない。

部屋を見回してみると、アスカはもういなかった。 奥の部屋の襖も開け放たれていて、アスカの布団もなかった。 とっくに起きてたんだね。 急いで布団を片付けてたら、アスカがシャワーを浴びる音が聞こえてきた。

昨日ミサトさん用に揚げたとんかつを使って、かつサンドを作ることにした。 軽く表面をトーストしたパンに、マスタードとバターを塗って、千切りキャベツを敷いて、とんかつを載せる。 ソースをかけてできあがり。 包丁でサンドイッチを切ってるときに、洗濯機を回す音が聞こえてきて、アスカがキッチンに入ってきた。
「おはよ」
「おはよう。良く眠れた?」
ぼくは、昨晩のことで動揺してることを悟られまいとして、努めて平静を装った。 アスカが気付いたかどうかは分からない。 この期に及んでは、もう、ゴマカしようがないもんね。 もしもあれが寝ぼけたフリで、アスカに追及されちゃったら、潔く謝ろう。
「うん。あんたの寝床、あたしが占領しちゃったのね」
「あはは、なんか寝ぼけてたみたいだね」
アスカが、ジロっ、と睨んだ気がした。
「はい、朝ごはん」
かつサンドを差し出した。 とたんに、アスカの表情が明るくなった。
「わあ・・・、」
「コーヒーでいい?」
「うん」
もう、普通だった。 やっぱり、寝ぼけてただけだったんだね。 ほっとした。

午前6時前にネルフ入りして、ケージ脇のパイロット控え室で待機に入った。

使徒が侵攻を開始した、という一報が入って、エントリーを始めた。 シンクロ・スタートして、ケージで待機。 あとは、ミサトさんのキューを待つだけだ。

ミサトさんに、「二人とも、いい顔してるわね」って言われた。 そうかな。 でも、いつもより、ずっと、自信がある。 弐号機が、アスカが隣にいる。 それが、こんなに心強いなんて、思わなかった。

なんだか、緊張感と同時に、高揚する感じがしてきた。 一生懸命やってきたその成果を、これから試すんだ、っていう感じ。 そうか。コンサートの前とおんなじ感じなんだ。 もう間もなく、アスカとぼくのステージが開演するのか。 演目はピアノ・コンチェルティーノ。 指揮者はMAGIで、ピアノは使徒だ。2体になるから、連弾だね。

使徒が、強羅絶対防衛線を突破した。
「音楽スタートと同時にATフィールドを展開」
ミサトさんだ。
「後は作戦通りに。いいわね?」
「「了解」」
アスカが、ぼくに念を押す。
「いいわね、最初からフル稼働、最大戦速でいくわよ」
「分かってるよ。62秒でケリをつける」
だいじょぶ。任せて。今日はやれる。そんな気がするんだ。

ミサトさんの合図で電源ソケットがパージされ、ぼくたちは出撃した。

最初はパターン1-1。 これは予め決まってる。 射出された勢いに乗って、そのまま高空までジャンプ。 そこから零地点にいる使徒を、スピアーで攻撃する。 スピアー自体は誘導兵器で、外す心配はない。 でも、投擲のタイミングが0.02秒でもズレたらアウト。 たぶん、全パターン中いちばん精度が要求されるフレーズだ。 いけるか?
「「よしっ」」
思わず声が漏れた。

投擲されたスピアーは2本ずつに分離する。 ぼくの投げた方の2本は、そのまま地上に到達し、囮となる。 アスカの投げた方が本命で、2本の間に超音波振動電磁フィルムが展開される。 フィルムの抵抗がある分、落下速度が減殺され、囮のスピアーよりも僅かに遅れて使徒の頭上に降り注ぐ。 フィルムがギロチンのように使徒の身体を分断し、使徒は早くも2体に分離した。

着地した次のパターンは5-2。 兵装ビルからパレットガンの供給を受け、パターン3-5で回り込みながら射撃する。 アスカの予想通りだ。

使徒の反撃。ヤシマ作戦のときに食らった加粒子砲のような遠距離攻撃だ。 パレット・ガンを捨て、パターン2-6のバック転の連続で躱す。 2-6、また2-6。まだか? やっと5-3が来て、エヴァの足で道路に仕込まれた踏み板を踏み込むと、 エヴァの面前に瞬時に特殊装甲板がせり上がる。 装甲板の陰に隠れて攻撃をやり過ごし、その後ろに取り付けられているパレット・ガンを取って、再び斉射する。 でも、躱されてしまって、当たらない。

大跳躍で一気に距離を詰めてきた使徒を2-3で左右に躱した瞬間、支援砲撃の雨が降ってきた。 ミサトさん、ナイス! 少し息が付けたぼくたちは、砲撃でひるんだように見える使徒を、3-3、3-4のコンビネーションで攻撃。 ここはぼくたちの得意なパターンだ。気持ち良く、蹴って、また蹴る。 たまらず合体した使徒を、フィニッシュ・パターンの4-1で攻撃する。 タイミングを合わせてハイ・ジャンプして、使徒のコアにダブル・キック。 使徒が再び分離しようとするが、初号機と弐号機の足が、分離しつつあるそれぞれのコアにかかっている。 逃がさない!

手ごたえがあった。 使徒のコアが荷重に耐え切れずに崩壊していくのを足先に感じる。 やった。 やったんだ。 そう思った瞬間、弐号機の機体の荷重が初号機に掛かってきて、今朝痛めた背中に、ピリっ、と電気が走った。 しまった、と思ったときにはもう遅く、ぼくたちはバランスを崩して、 お互いに絡みつくようにして倒れこんでしまった・・・。

なんだよっ! 最後の最後で、アスカのやつ!

使徒の殲滅には成功したけど、エヴァの機体は無様に重なり合って、倒れてしまった。 と、同時に、内蔵電源が切れ、エヴァは活動を停止した。 どこも壊れてなければいいけど・・・。

プラグを排出して外に出たら、非常通信用の電話が鳴った。 アスカだな! ひとこと文句言ってやる!
「ちょっとーっ! あたしの弐号機になんてことすんのよっ!」
何故かアスカの方が怒ってた。そんな理不尽な。
「そんなー。そっちが突っかかって来たんじゃないかー」
「最後にタイミング外したの、そっちでしょー!」
え? そうなの? そうだっけ? じゃあ、アスカが咄嗟に合わせてくれたの? それで弐号機のバランスが崩れたの?
「普段からボケボケっとしてるからよ! 昨日の夜だって、寝ないで何してたのっ!」
こ、このタイミングでそのハナシなの?
「きょ、今日の戦いのための、イメージ・トレーニングだよ・・・」
「嘘ばっかし。寝てるスキにわたしの唇奪おうとしたクセに」
「ずるいよっ! 起きてたなんて!」
「ひっど~~い! 冗談で言っただけなのに、ホントだったの? キスしたのねっ!」
「し、してないよっ! 途中でやめたんだよ!」
ダメだ、こんな状況じゃ謝れないよ・・・。
「エッチ! チカン! ヘンタイ! 信じらんない!」
「そ、そっちこそ! 寝言と寝相が悪いのが悪いんじゃないかっ!」

どうしてこんなやつを一瞬でも好きだなんて思ったんだろう。 たぶん、頭がおかしくなってたのに違いない。 絶対謝らない。 アスカには、絶対に、謝らないぞ!

現場から回収されて、ネルフに向かい、バイタル・チェックを受けた後、冬月副司令に、またお小言を言われた。 今度は少し長かった。 それから報告書を書いて提出し、ぼくたち二人が家路に着いたのは夕方だった。 ミサトさんは、後片付けがあるそうで、少し遅れるらしい。

ガラガラのリニアレールの席に少し離れて座りながら、お互いに全く口を利かない。 アスカもこっちを見ないし、ぼくもなるべく見ない。 バスの中でも、ずっと無言だった。 ミサトさんちに戻って、扉を開け、二人同時に「ただいま」って言ったのが最初だった。 思わず顔を見合わせたけど、すぐにお互い不機嫌な顔になって、そっぽを向いた。

出しっぱなしになっていた洗濯物を片付けて、自分の部屋に戻ろうとしたところで、アスカに声を掛けられた。
「晩ご飯、どうする?」
確かに。腹ごしらえは必要だ。
「出前。どこがいい?」
「作らないの?」
アスカは驚いたようだった。
「いや、ちょっと疲れたし・・・」
「そう。ならいいけど」
アスカは、もう怒ってる感じではなかった。 もしかして、ぼくに謝りたいのかな? それなら別に、ぼくだって・・・。
「作った方がいい?」
「ううん。そうじゃないけど、最後に、あんたの作るごはん、食べてもいいな、って思って」
「え? なんで最後なの?」
「さっき言われたのよ、あんたと合流する前に。 あれだけの騒ぎを起こしたんだから、あたしたちの一緒の生活はもうおしまい、ってこと」
「どういうこと?」
「あたしたち、子どもだからよ。何か間違いがあったらミサトの責任問題になるわ。 その間違いが起きかけたのよ?」
「え? でもさ、途中でやめたんだよ?」
「そうだとして、今後も間違いが起きない保証になるの? そんなリスクを背負って、今後もここにあたしたちを置いとく理由がネルフにある?」
「だったら、黙っててくれれば良かったじゃないか! アスカが騒ぐから、そうなっちゃったんだろ!」
「あたしのせいにするわけ?! バレなきゃいいって、そう思ってんの?! バレなかったら、あたしにキスしたっていいっての?!」
確かに、そうだ。
「そっか・・・、ごめん・・・」
「今さら遅いわよ」
「・・・じゃあ、アスカ、出てっちゃうの?」
「ミサトはあんたの方を追い出すと思うけど?」
「ぼく?」
「たぶんね。あんたがバカなことしたんだから、普通はそうなるでしょ」
それはそうだ。

そうか。 アスカがずっと黙ってたのは、不機嫌だったわけじゃなくて、このことをずっと考えてたからか。 ぼくが追い出されることになるだろうって思って、そのことを心配してたんだ。 ぼくは、その間、アスカなんか大嫌いだ、とか、絶対謝らない、とか、 どうやって仕返ししてやろうとか、そんなことばかり考えてた。 なんてバカなんだ。

「反省してる?」
「うん・・・」
「ほんとに?」
「ごめん・・・」
「もう、絶対、しない?」
「しないよ」
「よし。まあ、心配しなさんな」
「え?」
「あたしが出てくってことにしといたから」
「ちょっと待ってよ、ダメだよ、そんなの」
「なんでよ? あんた、ここにいたいんじゃないの?」
「そうだけどさ、そのためにアスカが出て行くなんて、そんな、・・・」

イヤだ。アスカがぼくのうちから出て行くなんて、絶対、イヤだ。

「どっちかが出て行くしかないならしょうがないでしょ? それともあんたが出てく?」
「いや、それは・・・」

イヤだ。そうだよ、ぼくのうちは、ここなんだ。でも・・・

「ぼくのせいで、こうなっちゃったんだね・・・」
「そうね」
アスカは、下を向いて、ふうっ、と息を吐いてから、顔を上げた。
「短い間だったけど、世話になったわね」
ぼくは、何とも言えない気持ちになった。
「ぼくの方こそ、いろいろありがとう・・・」
そう言うのが精一杯だった。 アスカが、ちっ、と舌打ちするのが聞こえた。 なんとなく、不機嫌な感じがする。 それは当たり前か。 何か、ぼくにできること、ないんだろうか。 何か・・・。
「あ、じゃあ、晩ご飯作るよ。アスカのために、ご馳走作る。今日は、勝ったんだしさ。待ってて」

支度しようとしてキッチンに向かった。 エプロンをつけて、何を作るか決めようと、冷蔵庫を検めているとき、電話が鳴った。 たぶん、ミサトさんだ。 そうだ! ミサトさんに頼めば、まだ、何とかなるかもしれないじゃないか!
「アスカー! ちょっと来てー!」
大声でアスカを呼んで、ぼくは電話に出た。

「はい、葛城です」
『シンジくん?』
「ミサトさん! ミサトさん、聞いて下さい」
『ど、どうしたのよ、落ち着いて』
「ぼくが悪かったんです。反省してます」
『どうしたの? なにか、やっちゃったの?』
「はい、アスカを助けて下さい、ぼくが悪いんです、だから、」
『それじゃ分からないわよ。順番に話して』
「えっと、夕べ、アスカが寝てる間に、キスしようとしちゃって、でも、ほんとはしてないんです、 ほんとです」
『ああ、そのハナシ? ダメよー、そういうのは。言ったでしょ?』
「はい、ちゃんと言われてたのに、ぼくバカだから、」
そのとき、アスカがキッチンに入ってきた。

「なによ、どうかしたの?」
「あ、ちょっと、すみません」
ぼくは、受話器を手で押えて、後ろを振り返った。
「ミサトさん。さっきの話、何とかならないか、頼んでみるから、ここにいて」
アスカは、ぷっ、と噴き出して、声を上げて笑った。
「笑い事じゃないだろ!」
「はいはい。いてあげる」
ぼくは、再び受話器に向かった。 アスカが、ぼくの背中に手を置いて、ポンポン、と、軽く叩いた。 心強い援軍を得た気持ちだった。

「どうもすみません、ミサトさん?」
『うん。それで?』
「はい、それで、ぼくが、あんな問題を起こしちゃったから、どっちかがここを出て行くことになるって、」
『えー?! 誰がそんなこと言ったの?!』
「いや、誰、って、・・・誰ですか?」
『知らないわよ。副司令?』
「さあ・・・」
『いずれにせよ、あたしの目の黒いうちにそんなことさせないわよ?』
「そうなんですか?」
『そうよ。今後もチームで運用するって言ったでしょー? 作戦課長のこのあたしが、所属のパイロットの編成を決められないなんて、 そんなバカなこと、あるわけないでしょーが』
「でも、ミサトさんの責任問題になるって・・・」
『・・・それ、誰から聞いたの?』
「えっと、ぼくは聞いてないんです、アスカが聞いたって・・・」
『・・・なるほどね。で、アスカはまだそこにいるわけね?』
「はい、います。代わりましょうか?」
『そうね、あーっと、待って。いいわ。ねえ、シンジくん?』
「はい」
『それで、シンジくんは、あたしにどうして欲しいの?』
「はい、どっちかがここを出て行かなくちゃならないから、 アスカが、自分が出て行くことにした、ってそう言うんです。 それで、なんとかしてそうしなくて済むようにしてもらえないかと思って・・・」
『シンジくんが出て行くっていうこと?』
「いや、それは・・・」
『つまりどうして欲しいの?』
「できれば、二人とも、ここに置いて欲しいんです」
『二人って?』
「決まってるじゃないですか。アスカとぼくですよ」
『アスカと一緒にいたいの?』
「はい」
『じゃあ、それをあたしにお願いしなさいな』
「はい、ぼく、アスカと一緒にいたいんです。アスカに出てって欲しくないんです。 ミサトさん、何とか、お願いします」
ミサトさんは、何も言わなかった。
「ミサトさん?」
『・・・アスカはどうしたいって?』
アスカの方を振り返った。
「ねえ、ミサトさんが、」
アスカは後ろを向いて、肩を震わせていた。

「アスカ?」
アスカは、あーっはっはっ、っと、大声で笑い始めた。
「笑い事じゃないだろっ! ミサトさんが、」
「分かった、分かったわよ」
「ミサトさんが、アスカはどうしたいのか、って」
「あたし? うーん・・・、じゃあ、ちょっと代わって」
ぼくはアスカと電話を代わった。

「アスカ」
どう? だいじょぶ?
「うん、平気」
シンジくんに何吹き込んだの?
「あはは、バレた?」
いきなり大笑いしたらバレるわよ
「だって、あんまり真剣だから、」
だめよ、あんまりからかったりしちゃ
「だって仕返ししなきゃ気が済まないじゃないの」

仕返し? なんのことだろ? ミサトさんが何を言ってるのか聞こえたらいいんだけど、あんまり側に寄ったら、アスカ、嫌がるよね。

で、あたしの役はアレで良かったの?
「え? うん、まあ、もうちょっと懲らしめてやりたかったんだけど、あれはあれで面白かったわ」
悪いこと考えるわねー。それで、どう? シンジくんは
「まあ、しごけば使えるんじゃない?」
ふうん・・・。で、アスカ、これからどうする?
「何が?」
うちから出てく?
「え?」

何だか、あんまり関係ないことを普通に会話してる気がするんだけど・・・。 アスカ、もう諦めちゃったのかな。 それとも、何か、意地張ってるのかな。 ミサトさんに、ちゃんとお願いしなくていいのかな。

うちにいたい?
「うん、そのつもりだけど・・・。てゆーかこれ、元はと言えばミサトのアイディアでしょ? あたしは、まあ、悪くないな、と思ったから乗っかるだけよ? 今回もうまくいったし」
あら、そうなの? でも、あたしがダメって言ったらダメなのよ?
「え?」
だって、あたしの家よ? そこ
「うん、まあそうよね」
じゃあ、ちゃんとあたしにお願いしなさい
「はいはい。お願いします」
そうじゃなくて、シンジくんと一緒にいさせて下さい、って、
「えーっ! 言うの?! それ!」

アスカがこっちを振り返った。 さっきのぼくのときみたいに、何かをお願いしなさい、って言われてるのかな。 キツい条件じゃないといいんだけど。 ミサトさんも、ぼくが悪いんだから、面倒なことならぼくに言えばいいじゃないか。 いつもアスカにばかりキツく当たって、アスカは悪くないのに、可哀想だよ。

イヤなの?
「だって、そんな必要ないでしょ?!」
ダメよー、そういう一方的なのは。シンジくんはあんたの手駒じゃないのよ。 あたしが望んでるのは、お互いに相手を必要としていて、お互いにそれを良く理解しているチームなの。 これからも、シンジくんがピンチのときにはアスカに、アスカが危ないときはシンジくんに助けて欲しいのよ。 作戦中も、そうでないときも。 一昨日まではそうだったでしょ? あんたたち、いいチームだったじゃないの
「そ、そうだった?」
とぼけたってダメよー。あんたの悪巧み、あたしも乗らせてもらうわよ。 あんたにもシンジくんは必要だって、シンジくんの前で、はっきりそう言いなさい。 シンジくんからかって、あそこまで言わせたんだから、あんたも観念しなさいよ
「言わせたのはミサトじゃないの!」
あたしには、もう一つオプションがあるの、忘れてないわよね?
「え?」
シンジくんのバディは、どうしてもアスカである必要はないのよ?
「・・・脅すわけ?」
脅しになってるかどうか、正直、自信はないんだけど。 でも、あたしはアスカと弐号機の方がいいのよね、どっちかっていうと。作戦面でも、それ以外でも。 アスカに受けてもらえるとうれしいんだけど
「分かったわよ」
じゃあ、宣言なさい
「今ここで?」
そうよー。それとも後で二人っきりのときの方がいい? あたしもシンジと一緒にいたいのー、って甘えてみる?

アスカは、再び電話機の方に向き直ると、少し声のトーンを落とした。

「それだけは勘弁よ・・・。どんな勘違いされるか、だいたい想像がつくわ」
だったら今の方がいいんじゃない?
「分かったわよっ! じゃあ、一回しか言わないからちゃんと聞いてんのよ? あたしも、ミサトとシンジと三人で一緒にいたい、って、今はそう思ってる。 だから、お願いします。これでいい?」

アスカ、ダメだよ、そんな言い方じゃ、ずいぶん強気っていうか、失礼っていうか、 とにかくもっとちゃんと頼んでよ、お願いだから。

まあいいでしょ。じゃあ、これからもよろしくね。
「覚えてなさいよ!」
オトナをナめんじゃないの。シンジくんに代わってくれる?
「待って」
アスカが、受話器を押えてこっちを振り返った。
「ミサトが代わって、ってさ」
ぼくは、受話器をひったくるようにして、代わった。

「代わりました」
『ひっかかったわねー』
「え? 何がですか?」
『まあいいわ。アスカに教えてもらいなさい』
「はい・・・、それで、あのう、」
『だいじょぶよ。これからもずっと、少なくともこの戦争が終るまでは、アスカはあたしたちと一緒。 もちろん、シンジくんもよ』
「良かった・・・」
『今日はまだ少しかかるけど、9時には帰るわ。だから、みんなで祝勝会やりましょ』
「はい、分かりました」
『ぱぁーっと、盛大に行くわよー』
「あ、ぼく、料理します」
『ほんと? だいじょぶ?』
「はい。任せて下さい」
『ムリしなくていいからね』
「分かりました。ありがとうございます」
『それじゃ、後で』
「はい」

受話器を置いたぼくは、アスカの方を振り返って言った。
「だいじょぶだって、ミサトさんが、」
「あんた、そんなにあたしと一緒にいたいんだ」
アスカがニヤニヤ笑って言った。
「え?」
まあ、確かに、そう言ったけど・・・。
「どうして?」
「いや、だって・・・」

どうしてだろう。

好きだからかな。

やっぱり、ぼくは、本当は、アスカが好きなのかな。 だから一緒にいたいのかな。 でも、昨日の夜に感じた、ああいう感覚じゃないんだ。 あれが、好きだ、っていうことなんだとしたら、そうじゃない。 たぶん、もっと大事なことのような気がするんだけど・・・。 ひとことでは、うまく言えない。

「言いなさいよ」
「あ、アスカだって、ぼくと一緒にいたいって、言ってただろ?」
「いけないの?」
「いけなくないよ! いけなくないからさ、いいじゃないか、そんな、理由とか聞かなくったって・・・」
「あたしの方はちゃんと理由はあるわよ」
「そうなの?」
「まあ、それはあとで分かるわ」
アスカは、ふふっ、と笑った。

「あ、それで、ミサトさんが、ぼくは引っ掛かった、って言ってたんだけど・・・」
「ふーん」
「アスカに聞け、って・・・」
「あたししーらない」
「なんだよ」
「なによ」
「だって、もう一緒にいられなくなるって言ったの、アスカだろ?」
「そんなことになるわけないでしょ? 良く考えてみなさいよ」
「え?」
「最後にちょこっと問題はあったけど、それを除けば、ミサトの作戦は大成功だったのよ? 折角うまくいってることを、どうして途中でやめるわけ? ミサトが言い出さない限り、ネルフに現状を変更する理由なんてないわよ。 あたしたち、戦争やってんのよ? 上の連中は、あたしの貞操よりも使徒の殲滅の方が優先よ。 ミサトなんて、一緒にお風呂入れとかぬかしたのよ? 副司令だって、さんざんお小言言ってたけど、結局『次から気をつけなさい』しか言ってないじゃない。 暫くこの体制でいくつもりなのよ」

ぼくは、あっけにとられた。

「じゃあ、嘘ついたの?」
「まだ分かんないの?」
「うん・・・」
「あんたに仕返しよ。あたしは、夜中にイタズラされて黙って引き下がるほどお人よしじゃないの。 思い知った?」
「ああ、なんだ・・・」
急に力が抜けた。 と同時に、怒りが湧いてきた。
「でもさ、これ、ちょっとヒドくない? ぼく、本気で、すごく心配だったんだよ、そういう、」
「あたしは唇を奪われそうになったんですけど?」
「あ、そっか、そうだよね。・・・でもさ、」
「でも、うれしかったわよ。あんたが真剣で」

ぼくは、怒りのやり場を失ってしまった。

「とっとと出てけばいいじゃないか、とかって、言うと思わなかった?」
「そう言わなかったじゃない」
「そうだけど・・・」
そうだ。それは、一度やってしまって、後悔したんだ。
「『ぼく、アスカと一緒にいたいんです』だったっけ? まあ、そこまで言われちゃしょうがないわ。 あんたが反省してるのも良く分かったし、あたしだって鬼じゃないもの」
「たまたまそういう言い方になっただけだよ。いいじゃないか、そんな言い方しなくったって」
「まあいいわ。そういうわけで、誰もあたしを守ってはくれないから、 あたしとしてはあんたに釘を刺しときたいわけ。 あんただいじょぶでしょーね? 今度変な気起こしたら、あたしホントに出てくわよ?」
「だいじょぶだよ、もう、懲りたから・・・」
「よし。じゃあ、もう言わない。この件は、これでおあいこ。いいわね?」
「・・・うん」
「・・・なんか、手伝おっか?」
アスカが、キッチンの中を見回しながら、言った。
「え? いや、いいよ、だいじょぶ。まだ、これからメニュー決めるし、」
「ふうん。じゃあ見てよっと」
「えー、やりにくいんだけど・・・」
「あんたが料理するとこ見るの好きなんだもん」
「あはは、だいじょぶだよ、変なもの入れたりしないから」
「そうそう、監視も兼ねて」
二人とも、笑った。

ミサトさんが帰ってきて、祝勝会が始まった。

メインは豚の冷しゃぶにした。 キュウリと大葉の千切りと、かいわれ大根にワカメも添えて、胡麻ダレとおろしポン酢を用意した。 ぱーっと盛大に、っていうことだったので、もう二品、ベーコンとジャガイモとタマネギのカレー炒めと、 鶏胸肉とキノコのソテーのホワイト・ソース和えも作った。 サラダ代わりに、焼きナスを割いてキンキンに冷やしたのを生姜醤油で。 スープは、豚肉を茹でたコンソメに、缶詰のスイート・コーンとタマネギのみじん切りを入れて、 コーン・スープにした。

「いやー、想像以上に豪華ねー。シンちゃん、これ、たいへんだったんじゃないのー?」
「いや、なんか、アスカとしゃべりながら作ってたら、あっという間で・・・」
「なあにそれ。早速のろけてんの?」
「このバカシンジ! おかしなこと言うんじゃないわよ! 全然反省してないじゃないのっ!」
「ち、ちがうよ、ねえ、今のはミサトさんが悪いと思うんだけど・・・」
冷蔵庫からビールを出して、ミサトさんの前に置いた。
「お願いだからもうからかわないで下さい・・・」
「あはは、だいぶ絞られたのね。分かったわ」

乾杯が終って、アスカが早速鶏肉に手を付けた。
「んー、これ、作ってるの見てたけど、やっぱ美味しいわねー」
「そう? 鶏肉、ぱさぱさしてない?」
「だいじょぶだいじょぶ。ソースたっぷりだし。 ・・・ミサト、あんたも飲んでばっかないで食べなさいよ。食べないならあたしがもらっちゃうわよ?」
「はいはい。頂いてるわよ。・・・アスカは今回大活躍ね」
「あったりまえでしょー? まあ、MVPはこのあたしね」
アスカが、右手に持ったナイフを掲げて宣言した。
「そう? あたしはシンちゃんだと思うけど?」
アスカが、キッ、と、こっちを振り向いて、ぼくを睨んだ。
「えーと、ぼくは、ミサトさん、」
「なによそれー! ミサト何にもしてないでしょーが!」
「いや、だって、あの支援砲撃なかったら危なかったよ」
「あれはMAGIでしょ!」
「そうなんですか?」
「そうよー。プログラム。 まあ、タイミング合わせて手動の誘導弾も叩き込んだけど、感謝すんなら日向くんとマヤね」
「あ、そうなんですか」
「ほらごらんなさい」
「でもさ、そもそもこの作戦立てたのミサトさんだし、 アスカとぼくが、ちょっと仲悪くなっちゃったときも、いろいろやってくれて、 何日も徹夜して、日向さんにも、リツコさんにも頭下げてくれて、」
「あらあら、良く見てるわねー」
「シンジはミサトに甘いのよ! そんなのミサトの仕事なんだから当然でしょ?!」
「そうだけどさ、それを言ったら、アスカもぼくもそうじゃないか」
「でもあたしは、今回仕事以外のことでもずいぶん苦労したわよ? 主にあんたのお守だけど」
「・・・じゃあ、やっぱりアスカがMVPで」
アスカは、ふん、と鼻を鳴らし、ふんぞり返って、勝ち誇ったような顔でミサトさんを見た。 ミサトさんは楽しそうに笑った。
「じゃー、MVPのアスカに、もう一度乾杯ね」

ぼくはMVPじゃなくていい。 アスカが、ミサトさんが、くちぐちに料理を褒めてくれて、 作戦のことや、訓練のことを、みんなで楽しく振り返ることができて、 こんなふうに楽しく食事できるなら、それでいい。

このメンバーで、一緒に戦って、勝った。 みんなで一緒に何かやるのって、楽しいんだな。 そして、それをみんなで振り返るのは、もっと楽しい。

一昨日、この同じテーブルで、中華料理を囲んで前祝をしたときのことを思い出した。

そっか。ぼくが守りたかったのは、これだったんだ。 だから、アスカが、どうしても、必要だったんだ。

でも、電話の件でぼくたちをからかうのは、もうやめて下さい、ミサトさん。

その楽しい食事もいつしか終わり、片づけをした。 ミサトさんは、自室で仕事をすると言って、一升瓶と夕食の残りを少し持って引っ込んでしまった。 たぶん、そのまま寝ちゃうつもりなんだろう。 ムリもないよ。徹夜明けだもんね。

テーブルを拭いて、布巾を漂白剤にさらし、エプロンを外して、キッチンの電気を消す。 リビングに行こうとしたら、アスカが顔を出した。

「片付け終わった?」
「うん」
「じゃあ、家事の分担、決めるわよ」
「あれ? 家事やらないんじゃなかったの?」
「立場変わっちゃったのよ。あたしはもう、ミサトにお願いしてここに置いてもらってる身だから。 でも、料理できないわよ?」
「じゃあ、料理はぼくがやるからいいよ。ほか、手伝ってくれる?」
「だからそう言ってるじゃないの」
「分かった。じゃあさ、新しい分担表作ろう。ちょっと、準備するから、リビングで待ってて」
キッチンに掛けられていた古い分担表を外し、自分の部屋から反古を何枚かと、水性マーカーを一揃い、 探し出した。

リビングに行くと、中央にテーブルを出して、アスカが座って待っていた。 ぼくは、テーブルの角を挟んでアスカの右側に座ると、アスカの前に、持って来たものを全部並べた。
「アスカ、決めてよ」
「あたし?」
アスカが、驚いたように、ぼくを見た。
「うん。そういうの、得意だろ?」
アスカは、一瞬、柔らかな笑顔を浮かべてから、目の前の古い分担表に視線を落とした。

「よし。じゃあ、まず、この表の見直しからね」
いつもの厳しい表情が戻った。
「料理関係は全部シンジだから、表からは外しちゃって、掃除関係を細分化ね」
「うん。いいんじゃない」
アスカが新しい紙に線を引いて、どんどん項目を書き込んでいく。
「トイレ掃除は毎日やる?」
アスカが訊いた。
「そうだね、3人になったし、毎日がいいと思う」
「じゃあ、項目増やすわね」
「うん」
新しい枠に、“トイレそうじ”と書き入れられた。
「ここに書いてない共有スペースの掃除はどうしてんの?」
「基本的に、ぼくだね、今は。ミサトさんよりぼくの方が、散らかし耐性が低いから」
「あはは、じゃあ、今後はそれを分担ね」

表には、どんどん新しい項目が書き入れられた。 アスカが、学校の時間割や、ネルフのスケジュールを見て、ぼくの意見を聞きながら、 新しい担当を決めていった。

「なんかさ、アスカが多くない?」
「あんたは食事の支度があるでしょ?」
「まあ、そうだけど・・・。あれ? トイレ掃除とお風呂掃除、ほとんどアスカ?」
「だって、これがいちばんたいへんでしょ?」
「うん、そうだけど、」
アスカは、持っていたマーカーのお尻の方でぼくを指しながら、
「たいへんなのをあたしがやんなかったら、あんたの負担軽減になんないじゃない」
と言った。
「あ、そういうことなの? これ」
「まあ、あんたに掃除されると、ちょっと恥ずかしいってこともあるけど・・・。 あんた、もうちょっと別のことやんなさいよ。 学校の勉強もそうだけど、エヴァのことも少し勉強した方がいいわよ」
「・・・それ、教えてくれる?」
「あったりまえでしょー? あたしが何のためにここに残ったと思ってんのよ」
「何のため、って、あー、そういうこと?」
「そういうこと。チームでやってくってのに、あんたがいつまでも足手まといじゃ困るの。 言っとくけど、あたしは厳しいわよ?」
「うん。知ってるよ」
アスカが、くすっ、と笑った。

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