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Exposition / 提示部

8月7日。金曜日。

昨晩遅くまで続いた特訓のおかげで、さすがに朝は起きられなかった。 ミサトさんがいつ帰って来たのか、気がつかなかったけど、
「シンちゃーん、アスカー、そろそろ起きなさーい。朝ごはん、できてるわよー」
という声で、起こされた。

眠い目をこすって廊下に出ると、やっぱり寝ぼけ眼で部屋から出てきたアスカと鉢合わせになってしまった。
「ご、ごめん」
「ん? うん。おはよ・・・」
髪を下して、ぼーっとした感じのアスカを間近にして、ちょっと、ドキっとした。 おかげでぼくの方はすっかり目が覚めた。

朝ご飯のメニューは、トーストと目玉焼き。のように見えなくもないスクランブル・エッグ。 アスカは、シャワーを浴びてようやくすっきりしたようで、元気に食べていた。 昨日の今日でだいぶ心配したけれど、さすがのミサトさんも卵を焼くくらいは無難にこなせるようだ。 ぼくにはこんな美味しい、っていうか食べられる料理を出してくれたこと、なかったのに。 ちょっと恨めしく思っていたら、ミサトさんが、
「ゆうべは遅くまでやってたの?」
と聞いてきた。
「はい」
「シンジはもうだいじょぶよ。基本パターンは覚えたわ」
「そう。それじゃ、後で見せて」
「今朝はビール呑まないんですか?」
「んー。ここで呑むと寝ちゃいそうだからー」
「いつ帰ってきたんですか?」
「うん。さっき。日向君のあと、リツコとも打ち合わせしててね」
確かに、少し眠そうな目だった。 遅くまで頑張ってたのは、ぼくたちだけじゃないらしい。

朝ご飯のあと、問題のあった4種類を除いた22種類のアクション・パターンをアスカと合わせ、 一発でクリアしてみせた。 ミサトさんは手を叩いて喜んだ。
「あんたたち、すごいじゃないの!」
アスカが「当然よ!」と威張るのと、ぼくが「いや、そんな」と言うのが同時だった。
「じゃあ、午前中は少し休んでてもらってていいわ。あたし、これから新しいプログラム取りに行ってくるから。 続きは午後やりましょ」
「なによ、新しいプログラムって」
「リツコにエヴァのパーソナル・パターンを反映した判定プログラムを作ってもらってるの。 午前中にできるから、例の、パターン2-6とかもその機械で練習できるわよ」
「じゃあ、ミサトさん、朝ご飯作るためにわざわざ戻ってらしたんですか?」
「まあ、それもあるけど、シンちゃんがどのくらい頑張ったか見たかったのよ。 それと、あんたたちが喧嘩してないかどうか気になったし」
「喧嘩なんてするわけないでしょ」「喧嘩なんてしませんよ」
ぼくたちは同時に答えた。

結局、午前中は、洗濯と掃除をすることにした。 この調子だと、ミサトさんはそんなことしてるヒマはなさそうだったから。 洗濯機を仕掛けて、衣類とシーツと枕カバーを洗う。 ついでにアスカとミサトさんのシーツと枕カバーも。 お掃除は、お風呂場から始めて、お手洗い、キッチン、廊下、リビング、と来て、自分の部屋で終了。 アスカは、最初は自分の部屋の掃除をしていたようだけど、それはすぐに終ったようで、 途中からぼくの後ろにくっついている。
「立ってるだけなら手伝ってよ」
「イヤ」
「なんでだよ」
「あたしの仕事じゃないもん」
「じゃあどうして見てるんだよ」
「・・・ヒマだからよ」
「テレビでも見てればいいじゃないか」
「なによ、あたしがいたら邪魔?」
「いや、邪魔じゃないけどさ、」
「じゃあいいじゃない」
リビングのガラス戸を通して外を見ると、今日はいいお天気みたいだった。
「じゃあさ、」
「ん?」
「布団、干しなよ。今日、いい天気だよ」
「あんたは干さないの?」
「うん。ぼくのはこないだ干したばっかだから」
「いいじゃない。一緒に干せば」
なんでだろう。 なんでそんなこと言うのかな。 ともあれ、ぼくが折れて、一緒に布団を干した。

ミサトさんから電話があって、少し早いけどお昼の準備をすることにした。 今日は、簡単に、スパゲティで。 鮭とシメジを焼いて、ホワイトソースで和えたソースにした。
「おいしそー」
アスカが後ろから顔を出して、ソースの匂いを嗅いだ。
「つまみぐいしちゃダメだよ」
「うん。これ、なんて料理?」
「えーっと・・・」
「あんたのオリジナル?」
「違うよ。だけど、名前は知らないや」
「ふふっ、美味しければいっか」
玄関の自動扉が開き、ミサトさんがいいタイミングで戻ってきた。

楽しいお昼ご飯の後は、つらい訓練だった。

「えーっと、左が弐号機のデータで、右が初号機か・・・」
ミサトさんが、ネルフのロゴの入ったコピー用箋に印刷された取扱説明書を見ながら、 四苦八苦しつつ、新しいプログラムをインストールした。
「これでいいはずよね・・・。よしっ、そんじゃあんたたち、1-1から各1回ずつ、通しで。準備して」
「「はい」」
「音楽スタート!」

ところが、結果は散々だった。

「なんでよっ! 今朝はこれでイケてたでしょっ!」
アスカの言う通りだ。
「うーん、それがねー、ちょっち問題があったのよ」
「どういうことですか?」
「ほら、タイミングが0.1秒ズレたらアウト、ってことにしてたでしょ?」
「はい」
「あれね、実は、あんまり根拠なかったのよね」
「ちょっとっ! ずいぶんいい加減ねっ!」
「しょうがないでしょ、急いでたんだから。 リツコにパーソナル・パターンのデータ頼んだとき、そのこと指摘されちゃってさ。 急遽、各パターンでどのくらいのズレが許容されるか、計算してもらったのよ」
「なるほど。そしたら0.1秒じゃズレ過ぎだったってわけだ」
「そういうこと。まあ、0.1秒以上ズレてても問題ないとこも少なくはないのよ。 でも、ジャンプのタイミングとか、走って止まるタイミングとかは、 0.04秒以上ズレちゃうとまずかったりするとこもあんのよね。 特に、パレット・ガン撃ってるときとかは」
ぼくとアスカは、顔を見合わせた。

理屈は分かったけど、難しかった。 ぼくとアスカは、新しくリツコさんによって詳細なタイミング・チャートが添付されたフリップを見せられた。 もはやこれは楽譜と言った方が近い。 それも、左手ピッツィカートがふんだんに入った、激難のピアノ・コンチェルティーノの。 アスカが第一ヴァイオリンなら、ぼくはチェロだ。 チェロがシンコペーションで食い気味にリードするその上を、ヴァイオリンが荒々しく舞っている。 これをぼくたちに弾けるだろうか。

その楽譜で、タイミングを確認した。 やはり、初号機と弐号機とでは、微妙にズレがある。 今まで、アスカの動きを感じながら、同じタイミングになるように動いていたところもあったけど、 この楽譜によると、それじゃダメなところがけっこうある。 道理で、合わないわけだ。
「どう? アスカ、いけそう?」
ミサトさんが訊いた。
「シンジ次第ね」
「ぼく?」
「うん。わたしはこの通りできると思うけど・・・」
アスカがぼくを見た。
「ほんと?」
「たぶんね」
「そう、これはシンちゃん次第ね」
なんだって、みんなでそんなにプレッシャーをかけるんだよ・・・。
「じゃあ、もっぺん、やってみっか!」
ミサトさんが勢い良く言った。

再び、1-1から各パターン1回ずつのシークェンスをやった。 機械が計測したタイミングのズレが、付属のLEDディスプレイに表示される。 ぼくたちからはそれは見えないし、見ているヒマもないけれど、ミサトさんがそれを睨みながら、メモを取っている。 4シークェンス終ったところで、ミサトさんがメモを見返しながら言った。
「やっぱ、全体的にシンちゃんの方がズレるわねー」
「ほらごらんなさい」
「アスカはだいたい正確ね」
「当然よ!」
「確かに、当然よね」
ぼくは、いたたまれない気持ちになった。
「すみません・・・」
「さて、どうするか、・・・」
ミサトさんは、少し考え込んでから、言った。
「アスカ」
「なに?」
「あんたのタイミング、シンジくんに合わせて変えて」
「えーー!! どういうことよ!」
「しょうがないじゃない、シンジくんの方が難しいんだから。 初号機レスポンス悪いし、シンクロ率も低いのよ。 アスカは曲に合わせてればいいんだから、合って当然なの。でもシンジくんはそうじゃないのよ」
「それはあたしのせいじゃないでしょ!」
「誰のせいかはどうでもいいの。使徒を倒さなきゃなんないのよ。 どうにかして合わせなきゃなんないんだから、操作性の高い方がそうじゃない方に合わせるのが現実的でしょー? それとも、自信ないの?」
アスカがものすごい目でぼくを睨んだ。もう、いっそ、殺して欲しい・・・。
「分かったわ。で、具体的にどこをどうすればいいの?」
「うん。じゃあ、シンジくん、もっぺんやってみて。それでタイミング決めましょう」
ぼくだけでもう一度シークェンスを繰り返し、そのレコードを元に、アスカのタイミングを決めた。 楽譜を修整し、それをアスカがもう一度確認して、覚える。

「よーし、それじゃ、通しでいってみよー」
ぼくは、今決めたとおりのタイミングで動こうとしたが、あまりうまくいかなかった。
「はいストップー」
ミサトさんが止めた。
「どしたの? シンちゃん」
「すみません、アスカに釣られちゃってるところがありますよね、」
「なんですってー!」
アスカが怒鳴った。
「あ、だって、ほら、ずっとアスカに合わせてたからさ、ちょっと、クセが抜けてないかも・・・」
「ミサト、わたしは?」
「アスカも少し早いわね」
「やっぱりね。・・・だからシンジが釣られるわけか。あたしもちょっとこれ、練習がいるわ」
「そうみたいね。・・・って、もうこんな時間か。お夕飯の支度、」
「ミサト」
アスカが遮って言った。
「あたし頑張る」
「うん、お願い。で、あたしは、お夕飯の支度、」
「お願いよ! あたし、頑張るから、ミサトの料理だけは勘弁して!」
アスカが、懇願するような目でミサトさんを見た。
「あー、そゆこと・・・。だけど、シンちゃんも練習いるわよ?」
「でも、まずはあたしでしょ? あたしが正しいタイミングでやれば、シンジもそうそう釣られたりしないわよ」
「まあ、そうかもね。うーん・・・。じゃあ、アスカはあたしと居残りでやるか。 シンちゃん、お夕飯お願いできる?」
「あはは、やっぱり?」
「うん。やっぱり、アスカの士気が下がると、作戦の成否に関わるから。 当初の話と違っちゃって悪いんだけど」
「分かりました。じゃあ、今日は、お肉にしますね。アスカ、好きだろ?」
「うん!」
すごく、うれしそうだった。

アスカにはずいぶん迷惑を掛けているという自覚は、ある。 せめてものお詫びに、ちょっとでも美味しいものを食べてもらおうと思った。 アスカが好きだろうと思って買っておいたソーセージを茹でた。 付け合せは、キャベツとブロッコリーと、刻んだベーコン。 ソーセージの茹で汁にコンソメを足して、茹でてみた。 本当は、ザワークラウトがあればいいんだろうけど。 とんかつソースにマヨネーズとマスタード、それにダシ入りの白味噌を少し混ぜ、 煮汁で少しだけ伸ばしてソースを作ったら、やっぱり野菜と合う。 ジャガバターも作ろう。 ジャガイモを電子レンジでふかしてから、オーブンで焦げ目をつければいいかな。 見た目だけは、ちょっと、ドイツっぽくなるよね。 こうなったらスープもドイツ風にしよう。 玉ねぎをスライスして炒めて、野菜の茹で汁を使ってオニオン・スープを作ってみた。 こんな感じかな。 アスカの機嫌が良くなるといいけど。

訓練が終ったのか、それとも待ちきれなくなったのか、二人ともキッチンに入ってきた。 ミサトさんは、欠食児童みたいにそこらを嗅ぎ回ってから、冷蔵庫からビールを出して、 「ねえ、まだー?」と催促する。
「だったら、食器並べて下さいよ」
それは、アスカがやってくれた。 ジャガイモがまだだったけど、それはできたら出すことにして、ソーセージを大皿に盛り付け、 始めることにした。
「今日は、なんちゃってドイツ風料理です」
ミサトさんが、パチパチと手を叩いた。

アスカは、こんなのちっともドイツ料理じゃないわよ、とかなんとか言ってた。
「だいたい、WurstがあんのにSauerkrautがないってのが許せないわ」
「一応、探したんだけどさ、売ってなかったんだよ」
「うん、知ってる。あたしも探したから」
「だったら言うなよ」
「あんたなら作れんでしょ? Sauerkrautくらい」
「無茶言うなよ、さっきの今じゃムリだよ」
「Zwiebelsuppeも味が薄過ぎよ」
「ツビー・・・ッペ?」
「これこれ、」
アスカは、オニオン・スープの皿を、左手に持ったフォークで指し示した。
「ほんと?」
野菜の茹で汁を使ったら、単にコンソメを使うよりは美味しいはずだと思ったんだけど・・・。
「ホンモノはね、もっと塩が効いてんの」
確かに、ベーコンから出た塩分を計算して、塩は控えめにした。 これじゃダメだったのか。 悲しい気持ちになった。
「・・・ごめん」
ぼくが謝ると、アスカは、スープを飲む手を止め、こっちを向いた。
「ま、まあ、でも、これはこれでいいんじゃない?」
言いながら、再び向き直って、
「あたしは、こっちの方が好きよ」
と続けた。 そのままスプーンを動かし続け、スープはあっという間になくなった。
「お代わりあんでしょ?」
アスカは、スプーンで、スープの皿を指した。
「あるよ。好きなだけ飲んで」
なんだか、すごく、うれしかった。

夕食後、再び二人で合わせてみた。 が、相変わらずアスカは少し早いところがあり、ぼくも、それに釣られたり、 そもそもタイミングが取れないところがあった。 ミサトさんは、柿の種をつまみつつビールを呑みながら、ぼくらのスコアをチェックしている。 「合うまでやるわよー」と言っていたが、午前零時を過ぎても合わない。
「うーん。しょうがないわねー・・・」
かれこれ500ml缶を1ダース開けたミサトさんが、考え込んだ。
「すみません・・・」
「あんたが謝ることないわよ。だいたいそんなにすぐに合うほど簡単じゃないわよ、これ」
「よし、分かった」
ミサトさんは顔を上げると、ぼくたちの顔を見回した。

「今からあんたたち、すべての行動を合わせない」
「は?」「え?」
「鎖で足つなぐから。朝から晩まで、起きるときも寝るときも、食事のときも歯磨くときも、 どっちかが右手上げたらもう一人も上げる、息するんならそのタイミングも合わせる、 とにかく全部合わせなさい」
「そんなの意味ないわよ」「そんなの意味ないですよ」
「そのくらいしなきゃ合わないでしょ、あんたたちは」
「お風呂はどうすんのよ!」
「一緒に入んなさい」
えっ!!
「イヤよっ!」
そうだよね。てゆーか、ミサトさん、良く見たら、少し目が据わってはいないでしょうか。
「あんたねっ! ネルフの作戦課長だかなんだかしんないけどっ! そこまでさせる権利ないでしょ!」
アスカが真っ赤になって言った。
「・・・まあ、さすがに問題か」
ミサトさんは、またビールを一口呑んでから、
「じゃあ、お風呂とトイレは勘弁してあげるから、他は合わせること」
と宣告した。
「鎖でつなぐんですか?」
「と、思ったけど、そのために鎖作るのもめんどいから、やっぱいいわ。 とにかく、可能な限り一緒にいて、可能な限り合わせる。分かった?」
ぼくは、「はい」と答えたが、アスカは納得行かない様子だった。 下を向いて、右足で、シートの5番の円のところを、1回、2回、と蹴った。 機械が「プー」と音を出して、“Error”と表示した。
「アスカ。復唱」
「分かったわよっ!」
ミサトさんは、赤ペンでメモ用紙に何やら書き込んでから、
「じゃあ、今日はここまでにしとくか! お風呂入って寝ましょ。 二人とも、今日は一緒にリビングで寝なさい。お布団持ってくんのよ」
と言った。

アスカがお風呂に入っている間に、機械を片付けて、ぼくの布団を敷いた。 女の子と同じ部屋で寝るのなんて初めてだ。 ちょっと、わくわくするような感じがするけど、たぶん、アスカはイヤなはずだ。 ぼくが楽しそうにしてたら余計にそうだろう。 アスカに悪いような気がして、なるべく普通にしていようと思った。 「平常心」って書いたTシャツがあったのを思い出して、寝間着にしようと思って持ってきた。

楽譜を見ながら曲を聴き、タイミングをおさらいしていたら、ミサトさんが布団を持って入ってきた。
「あれ? ミサトさんもここで寝るんですか?」
「そおよー」
ミサトさんが、部屋の真中に、ドサっ、と布団を下したので、ぼくは慌てて、自分の布団を少し端の方に寄せた。
「なあに? アスカと二人きりで寝られるとでも思ってたの?」
「はい、てっきり・・・」
「ダメよー、アスカに変なことしたら。お兄ちゃんでしょ?」
「し、しませんよ、そんなこと」
ミサトさんは、ふふっ、と笑った。
「まあ、最初はあたしがいた方がいいだろうと思って。 ・・・あたしにイタズラするんだったら、ソフトにしてね」
ミサトさんが片目をつむってみせた。
「はい、分かりました」
ぼくが相手にしなかったら、目だけで、ちょっと、睨んだ。

「ねー、」
「はい」
「どう? アスカは」
「え?」
「まだ、キライ?」
「ああ。えっと、なんていうか、だいぶ慣れてきました」
「そう」
「はい」
「・・・アスカがいると、楽しい?」
ぼくには、その質問をする意味が良く分からなかった。
「えーっと、この家に、ってことですか?」
「まあ、例えば」
「そうですね・・・。良く分かりません」
「そう・・・」
あ、もしかして、そういうこと訊いてるのかな?
「えっと、ぼくは別に、アスカとは何でもないですよ?」
「分かってるわよ。何かあったら困るわよ」
「そうですよね。だいじょぶです」
「そう。・・・ま、いっか。いろいろめんどくさいと思うけど、アスカのこと、頼むわね」
「いや、どっちかっていうと、ぼくがアスカに迷惑かけてる気が・・・」
「そう思う?」
「はい」
「ふふ。なら、いいわ」
ミサトさんは、立ち上がって、リビングを出て行った。

ぼくは、布団の上に座って、楽譜を見ながら振り付けのおさらい。 ミサトさんは、戻ってきた後、布団にうつぶせになって、持って来た書類を広げて仕事をしている。 そこに、お風呂から上がったアスカが、
「シンジー、空いたわよー」
と言いながら、リビングにやってきた。 ところが、姿を見せたアスカは、
「なによ、ミサトもいんの?」
と言った。ミサトさんは、クスっ、と笑って、アスカの方を向き、
「どーして二人してそうあたしを邪魔にすんの?」
と言ったのだが、アスカは、マジメな顔で、
「どいてよ。あんたの隣でなんて寝たくないわ」
と言った。 ミサトさんは、身体を起こして座り直し、一度ぼくの方を振り返ってから、再びアスカの方を向いた。 そして、自分を指差して、「あたし?」と訊いた。
「他に誰がいんのよ」
アスカが答えた。
「あたしとシンジのタイミング合わせるってハナシでしょ? その二人が隣で寝ないでどうすんのよ」
「まあ、それはそうだけど・・・。シンちゃん、いい?」
そう訊かれても。
「ええ、ぼくは、・・・はい」
と言うしかなかった。

ぼくが真中になるように布団の位置を替えて、お風呂に入った。

状況を整理して考えた方がいいと思った。

使徒を倒さなくちゃならない。 それはとても重要なことなんだけど。 でも、それはともかくとして、ぼくは今、それとは別の重要な事態に直面している気がした。

アスカの隣で、寝るのか。 別に、寝るだけなんだから、どうってことない。 でも、アスカは、ぼくの隣がいい、って言った。 それは、作戦を成功させるためなんだから、しょうがない、ということなのかもしれない。 でも、こう、アスカがここに来てからの出来事をひとつひとつ思い出していくと、 どうも、それだけじゃないような気もする。 最初の日、部屋に入れてくれたのも、そういうことだったのかもしれない。 そうじゃなかったのかもしれないけど。 名前で呼んでいい、って言ったのは何故だったんだろう。 でも、欧米の人は普通は名前で呼ぶらしいし・・・。 プレゼントをくれたのはどうだったんだろう。 でも、あれも、別に何でもなくても、普通にやることだっていう気もする。 でも、ミサトさんには何もなくて、ぼくだけだったんだよね。 ドイツで買った、って言ってたけど、それだって、本当なんだろうか・・・。 夜遅くまで、廊下でぼくの練習が終るのを待っててくれたのは、どうだったんだろう。 ぼくのわがままで、追い出しちゃったのに、ずっと、眠いの我慢して。 あれも、作戦の成功のためだったんだろうか。 でも、今日の朝、アスカがずっとぼくにくっついてた理由は、どうしても分からない。 そして、さっき、隣で寝たいって・・・。

どうなんだろう。

そして、そんなことをお風呂に浸かりながらあれこれ考えているぼくは、 いったいアスカのことをどう思ってるんだろう。

お風呂から上がって、リビングに戻る。
「ミサトさん、お先に頂きました」
「あいよー」
アスカは、いちばん手前の布団の上で、横になり、テレビを見ていた。 ぼくは、その前を横切って、真中の自分の布団の上に、ゴロっ、と横になった。
「アスカー」
ミサトさんが立ち上がりながら言った。
「シンちゃんに合わせなさいよー」
「はいはい。いいからお風呂入ったら?」
ミサトさんが、着替えを持って、部屋を出て行った。 ぼくは耳を澄ませた。 廊下を、ペタペタ、と歩く音がして、お風呂場の扉が開いて、閉まる音を確認した。

ぼくは、ちょっと、どきどきしてきた。

寝返りを打って、アスカの方を向いた。 アスカは、テレビからぼくに視線を移した。 こうして良く見れば、本当に、かわいい。

隣の布団に寝ているアスカとの距離は、そんなに離れてはいない。 ぼくが手を伸ばしても届きはしないけれど、アスカの方からも少し手を伸ばしてくれれば届くだろう。

ぼくが、躊躇しつつアスカを見つめていたら、
「なに?」
と訊かれた。ぐずぐずしてればミサトさんがお風呂から上がってきてしまう。 チャンスはたぶん、今しかない。
「あのさ・・・」
ぼくの緊張が、アスカにも伝わったのかもしれない。 アスカの様子が、少し、変わったように思った。
「なによ」
「思い切って、訊くんだけど・・・」
ダメだ。恥ずかしくて、アスカの目を見ていられなかった。 一回目をつむって深呼吸して、それから、目を開いて、一気に、訊いた。
「もしかして、ぼくのこと、好きなの?」
「ななななにバカなこと言ってんのよ! あんた自分で何言ってんのか分かってんの?!」
アスカは立ち上がりながら、
「そんなことあるわけないでしょっ! あたしは加持さん一筋なんだからねっ! う、うぬぼれんのも大概にしろってーのよ!」
と言った。 ぼくも立ち上がって、
「そ、それだったら、なんであんな紛らわしいことばっかするんだよっ!」
と訊いた。
「あたしがいつ何をしたってーのよ!」
「だって、・・・」
そう言われると困る。 どれか、特にこれがそうだ、と言えるようなことはひとつもないんだから。 なんとなく、そう思っただけだったから。
「もういいよっ!」
ぼくは、恥ずかしくなって、そっぽを向いた。
「ったくっ、子どもが色気づいてんじゃないわよ、このエロガキ」
ぼくは、無視することにして、反対側を向いて、布団に座り込んだ。 イヤフォンを装けようとしたら、
「あんたやっぱ向こうで寝て」
と言われた。

良く考えてみたら、そりゃそうだよね。 ぼくはいったい、何をバカなことを考えていたんだろう。 アスカが怒るのも当たり前だ。

でも、あんなふうに言わなくったって、いいのに。

「さー、寝るわよー」
と言いながらリビングにミサトさんが戻って来たとき、ぼくはとっくに布団の交換を済ませていた。 アスカもぼくも、お互い背を向けて寝ている。
「なによ、あんたたち、添い寝したいんじゃなかったの?」
「うるさいっ!」
アスカが怒鳴った。
「だめよー。アスカだけ怒鳴ったら。シンちゃんも合わせなさーい」
ミサトさんが、電気を消した。
「アスカがそっち向いてるんだったら、シンちゃんはこっちでしょー?」
言いながら、ドカっ、と座る気配がした。そして、少しトーンを落とした声で、ぼくに、
「喧嘩したの?」
と訊いてきた。しかし、ぼくが答える前に、
「してないわよっ!」
とアスカが怒鳴った。 ミサトさんは、ふうっ、と溜息をついた。
「二人とも、命令よ」
横になりながら続けた。
「仲良くしなさーい」

ぼくだって、そうしたい。

つづく