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わたしたちは、新居に引っ越した。
この日の予定は、前日二人で立てた。
わたしのわがままで、強行軍になってしまった。
シンジに起こしてもらって、シャワーを浴びてから、朝食を採った。
済んだら、大急ぎで荷作り。
シンジの分の荷作りは、前日のうちに終らせたらしかった。
予想に反して、手際がいい。
9時頃、運送屋が到着して、荷物を運び出した。
家具は置いていくので、梱包したものを積み込むだけ。
すぐに終って、出発した。
第1宿舎棟807号室。
短い間だったが、いろんなことがあった。
でも、感慨に浸っている余裕はなかった。
やらなければならないことが山ほどあった。
わたしたちは、途中で、花やら材木やらキャンドルやら工具やら、
今日一日やることに必要なものを購入して回った。
シンジがちゃんとメモにしてくれていて、滞りなくやれた。
お昼ご飯はおにぎりで済ませた。
シンジの作ったおにぎりを食べられるのは、これが最後だ。
大切に、味わって食べた。
新居に到着したのは午後1時だった。
運送屋は既に到着していて、荷物は既に運び込まれていた。
すぐに使うものだけ、直ちに開梱した。
三十分くらいして、ゴタゴタしているところへ、貸し衣装屋さんが到着した。
結婚式の衣装を置いていってくれた。
明日の昼前に取りに来ると言っていた。
果たしてその時刻にシンジは起きているだろうか?
夕方、裏庭にファーストのお墓を建てた。
シンジが、材木を十字架型に組んで、塗装をして、墓標にしてくれた。
横木には、
綾波 レイ
世界を救った少女
ここに静かに眠る
の文字を刻み込んだ。
シンジもわたしも、ファーストがいつ生まれたのか知らなくて、
生没年は書けなかった。
献花して、黙祷した。
いつか、もっとちゃんとした墓石にしてくれるように、シンジに頼んだ。
7時から、ふたりだけの結婚式をした。
式場は、1階の広いリビングにした。
ふたりで、借りてきた衣装に着替えて、キャンドルを灯した。
テラスの方に向かって、並んで跪き、
ミサトのペンダントを置いて、証人になってもらった。
わたしが消えるまでの間、お互いを愛し続けることを誓って、
わたしが生まれてから二度目のキスをした。
今度は、シンジの唇の柔らかい感触を、しっかりと記憶に刻み込んだ。
シンジは、婚姻届を用意してくれていた。
法律で許されている年齢には満たないので、役所には出せない。
それでもいい。
わたしは、サインして、「碇アスカ」になった。
2通作って、そのうちひとつを、大事にしまった。
記念撮影をした。
外はすっかり暗くなっていたので、部屋の中で撮った。
わたしは椅子に座り、シンジはその脇に立った。
夕食の後、プリンタを出して印刷してみたが、とてもきれいに撮れたと思う。
後片付けをして、9時から晩ご飯の準備にかかった。
ところが、今日は、ミサトの陰膳がなかった。
「あれ? ミサトの分は?」
「うん、やめたんだ」
「ふうん・・・」
「いつまでも、ミサトさんに頼ってちゃいけないんだよ。
それは、分かってたんだけど。
もう、ぼくはアスカの、・・・夫なんだ」
シンジは成長した。
わたしが心配しなくても、シンジは大人になる。
自分で判断して実行する力を持つようになる。
「そっか・・・」
「ミサトさんには、さっきちゃんと、
これからはぼくがアスカを守っていきます、って言ったんだ」
「あたし、幸せ者ね」
「そうなるように、頑張る」
「でもさ、もし、シンジが良かったら、続けてあげたら?」
「え?」
「シンジは、あたしとミサトに帰って来て欲しくて、陰膳上げてたんでしょ?」
「うん、だから、」
「あたしは、そのお陰で帰って来られた」
「あ、」
「だからさ、続けてあげても、いいんじゃない?
ミサトに頼るために、甘えるために、戻って来て欲しい、
っていうのは、もうやめるとしてもさ、
今日からは、ミサトを助けてあげるために、続けてあげたら?」
「そっか・・・」
「あたしたちの、・・・家族だったじゃない」
「うん。分かった。そうする」
食後のお茶を飲んでいるとき、わたしは、この日記の存在をシンジに明かした。
「あんたに読まれるのは、ちょっと恥ずかしいところもあるんだけど・・・、
でも、あたしがこの世に存在したことを証明する、
いちばん大事なものだから・・・。
あたしがいなくなったら、読んでくれる?」
「うん、分かった」
「一年後の今日、プロテクトが解けるようにしておくから。
パスワードは、例のあれ」
「マヤさんの?」
「そ」
「分かった」
「一年もしたら、たぶん、あたしはいないからね・・・」
「アスカ、忘れないでよ。アスカは、ぼくがきっと取り戻してみせるんだから」
「分かってるわよ。でも、一年じゃムリなんじゃない?」
「それはそうかもしれないけど・・・」
永遠に無理であることをわたしは知っている。
お風呂に入ったのは、午前0時を回ってからだった。
わたしは、入浴中に交替するのが怖くて、
ここ暫くはシャワーだけだったことをシンジに打ち明けた。
すると、万一に備えて、浴室の外側で待機していると言ってくれた。
擦りガラスの引き戸の外に、シンジが後ろを向いて座っている。
今までの経験から、人格交替するときは、ふわーっとした感覚がしてから、
実際に交替するまでの間に、十秒前後の時間がある。
万一の場合でも、おそらく、浴槽から出て
助けを求めることくらいはできるはずだ。
意識があることが分かるように、わたしが浴槽に浸かっているときは、
シンジとガラス越しにおしゃべりをすることにした。
「でもあんた、あたしが黙っちゃったら、ホントに入って来られるの?」
「うん。任せてよ」
「いつもは恥ずかしがり屋さんなのにね」
「アスカの一大事じゃないか。恥ずかしいなんて言ってられないよ」
わたしは、ちょっといたずらがしたくなって、不意に口を噤んでみた。
「アスカ・・・?」
返事をしなかった。
「アスカ!」
シンジは、慌ててドアを開けて入ってきた。
わたしは、浴槽の縁から頭を出して、シンジに笑いかけた。
「えへへ。ちょっと、テスト」
シンジは、ものすごく怒ったらしい。
顔を真っ赤にしたかと思うと、そのままクルッと後ろを向き、
ガラッと後ろ手に戸を閉めた。
濡れた靴下を脱いで、洗濯篭に投げ入れているようだった。
やがて、脱衣場からも出ていってしまった。
わたしは、シンジと過ごす最後の夜が酷いことになるのではないかと
不安になり、無意味ないたずらを心底後悔した。
手早く上がって浴室を出ようとしたところで、
脱衣場に戻ってきたシンジとハチ合わせになってしまった。
いくらいたずらされて頭にきたとは言え、
持ち場を離れるのはマズいと思ったのだろう。
シンジは、慌てて目を伏せて、
「ご、ごめん」
とだけ言って、後ろを向いた。
わたしは、慌ててバスタオルを身体に巻きつけた。
「謝るのはあたしの方よ。いたずらして、本当に、ごめんなさい。
もう二度としないから・・・、しませんから、赦して・・・下さい」
この場合、もう二度とできないと言う方が正しい。
「・・・びっくりしたぁ・・・」
「え?」
「まさか、ホントに、このタイミングで交替するなんて思わなかったから、
すごく慌てちゃったよ」
「怒ってるんじゃない?」
「ううん。
やられたー、って思ったらさ、なんか、すごく、恥ずかしくなっちゃって」
「ほんと?
でも、さっき、怒ってたみたいに見えたけど」
「ちょっとだけね。
でも、アスカがぼくに敬語使うの初めて聞けたし、もう、気にしないでよ」
「ほんとに、ごめんね」
「いいよ。
新婚さんはさ、たぶん、いたずらくらいするんだよ。
結婚して、うれしくってしょうがないからさ。
だから、そんなことじゃ怒ったりしないんだよ、きっと。
アスカだってさ、いたずらくらいしたいんだよね。
もっと自由に、いろんなことしたいんだよね。
でも、それがなんか、ちょっと深刻な感じになっちゃうのはさ、
状況が状況だから、しょうがないんだよ。
だからって、ぼくがいちいち慌ててたら、アスカだって楽しくないよね」
シンジは、後ろを向いたまま、言った。
わたしは、シンジにいたずらされたら、こんなふうに言えるだろうか。
「スイカ冷したの用意しとくから、着替えたら出て来てね」
「うん」
たぶん、言える。
今なら。
わたしの心は、完全に、シンジのものだから。
そのことが、よく分かった。
シンジがお風呂に入っている間、日記の前半を書いていた。
シンジが上がってから、荷物を一つほどいて、
明日の朝使うものだけ準備した。
衣類、洗濯用具、お手洗いや洗面用の小物類。
それが済んでから、リビングのソファーに並んで座った。
二人で冷たいものを飲みながら、
おつかれさま、って言って、笑った。
今日は一日、ほんとにたいへんだった。
ずいぶん長いこと一緒に暮らしていた気がするけれど、
お互いパジャマ姿で過ごすのは、これが初めてだ。
なんだか、リラックスして、いい気持ちだった。
シンジも同じだったらしい。
ほどなくして、あくびをかみ殺し始めた。
時刻はそろそろ午前2時だったから、無理もない。
「ね、そろそろ寝ようよ、ぼくもう、限界・・・」
名残り惜しかったが、わたしの計画を実行するには、頃合だった。
寝室に置かれていたのはダブルベッドだった。
シンジは、困った顔をしていたが、
わたしの計画のためには都合が良かった。
それに、最後の夜にシンジと一緒に寝るのも悪くないと思った。
「ほんとにいいの?」と言うシンジの手を無言で引っ張って、
覚悟を決めて、ブランケットの下に潜り込んだ。
シンジに腕枕をしてもらった。
最初はちょっとぎこちなかったけれど、すぐに具合のいい場所に落ち着いた。
でも、今日は寝てしまうわけにはいかない。
シンジは、少し緊張しているようだった。
さっきはあんなに眠そうだったのに、今は落ち着かない。
女の子と一緒に寝るのは初めてだろうから、仕方がない。
この状態では少し難しいので、シンジが寝入るまで、待つことにした。
「眠れなさそうね」
「え? いや・・・」
「緊張しちゃう?」
「あはは・・・。
あ、そうだ、明日はさ、アスカの好きな料理、教えてあげるよ」
「うん、ありがとう」
「何がいいかなぁ・・・」
「あんたに任せるわ」
「じゃあ、クリーム・シチューなんてどう?
作ってみたいって、言ってたでしょ?」
そうだった。
忘れていた。
「あのときも、いっぱいメモしてたみたいだけどさ、
まだ教えてないこととか、けっこうあるんだよね。
裏技いっぱい、教えてあげるよ」
わたしの作ったシチューを、シンジが食べて、
笑顔で、美味しいね、って言っているところを想像した。
幸せだった。
でも、その機会は永遠に、無い。
ダメだった。
涙が、後から後から溢れてきた。
我慢できず、最初はしゃくり上げ、やがて、大声で泣き出してしまった。
シンジが戸惑っているのが分かった。
早く泣きやまなきゃ、と思ってはいるのだが、どうしても止まらなかった。
「あ、じゃあ、やっぱり、ハンバーグの方が、いいかな・・・」
本気で言ってるのかどうかは、分からなかった。
でも、あんまり可笑しくて、わたしは声を上げて笑った。
シンジがティッシュを取って、わたしの涙を丁寧に拭ってくれた。
「はなみず出ちゃった」
「あはは、待ってね。・・・はい」
シンジが取ってくれた新しいティッシュで、わたしは、遠慮がちに洟をかんだ。
「シチューがいいな」
普通に話せた。
「分かった。任せて」
「うん。
あたしね、」
「なに?」
わたしは、寝返りを打って、シンジに縋りついて、囁やいた。
「あたし、あんたのこと、愛してる」
「え? うん・・・。あ、ぼくも、」
「前からずっと好きだったのよ」
そう言わずにいられなかった。
「いつから?」
「決まってるじゃない。初めて会ったときからよ」
嘘だ。
「でも、『冴えないやつ』って・・・」
「だからって嫌いだなんて言ってないでしょ?
ドイツにいたときからずっと、サード・チルドレンってどんな人なのかな、
って、気になってたんだから」
「そうなんだ」
「浅間山で助けてもらったときだって、ほんとに嬉しかったんだから」
「ほんと?」
「ホントよ。あんたのこと、気になってしょうがなかったんだもの」
嘘。嘘。全部、嘘。
わたしは酷い女だ。
「あたしたち、きっと、結婚する運命だったのよ」
「そうなのかな、」
「そうよ。絶対」
「うん、でも、」
「あたしがこんなふうじゃなかったら、もっとちゃんと、
普通に恋愛して、普通に大人になって、結婚して、
披露宴とかも、ケーキ・カットとかもしちゃって、
それで、ハネムーンに行ったり、エッチなこととかもしたり、
子供もできて、きっと・・・」
シンジが、わたしを、ギュッ、と抱きしめた。
わたしは、計画を実行すべきかどうかについて、
今さらながら迷い始めていた。
今なら、まだ、引き返せる。
このまま、シンジに身も心も任せて、自分は・・・
シンジが、少し無理な姿勢だったのを変えようとして動いた拍子に、
下腹部が、わたしの太腿に当たったのが分かった。
わたしが、小さな声で、ひゃっ、と言うのと、
シンジが慌てて腰を引くのが同時だった。
「ご、ごめん・・・」
「あはは、いいわよ。事故じゃない。
ほんと、恥ずかしがり屋さんねぇ」
「そっかな・・・」
「そんなんで、さっき、よくお風呂場に飛び込んで来られたわね」
「うん。
あのさ、ちょっと言いにくいんだけど、」
「なに?」
「これからさ、だんだん、もう一人のアスカと交替することが多くなるよね」
「そうね」
「一日中、戻らなかったりすることもあるかも、って、
マヤさんから聞いた」
「そう・・・。
勉強してるのね」
「そうなるとさ、着替えもだけど、身体拭いたり、おむつ替えたり、
ぼくは、そんなこともできなくちゃいけないんだ」
「分かってるわ」
「恥ずかしいと思うけど、」
「いいわよ。夫婦じゃない」
「交替してる時間が長くなってくれば、
点滴とか、カテーテルも入れなくちゃいけないし、
ぼくはまだ資格がないからできないけど、今、勉強してる。
アスカは気がついてないかもしれないけど、
今日運んできた段ボールの中には、血圧計とか、ガーゼとか、消毒液とか、
そんなの使いたくないけど、でも、必ず、必要だから・・・」
「そっか・・・」
「だからさ、ぼくは、恥ずかしいとか、エッチとか、
そんなこと言ってる場合じゃないんだ。
そんなこと言ってられる場合じゃないんだよ。
落ち着いて、何でも、ちゃんとできなくちゃいけないんだ。
さっきみたいに、アスカの裸見たくらいであわくってちゃいけないんだよ。
アスカを守るのはぼくなんだ。
アスカの思い出を守って、もう一人のアスカに目を覚ましてもらって、
思い出を取り戻してもらうんだ。
これが、ぼくがやるべきことなんだ。
アスカが言った通りだよ。見つけたんだ。やるべきこと。
でも、それは、何日かかるか、何ヶ月かかるか、
・・・何年かかるかも分からないんだ。
それでも、恥ずかしくても、苦しくても、みっともなくても、
アスカが、どんなに可哀想でも、ぼくは、絶対、途中で投げ出したり、
諦めたり、絶対、しちゃいけないんだ。
アスカはぼくの大事な・・・、お嫁さんなんだから・・・」
シンジは、とっくに覚悟をしていたのだった。
わたしは、全然、分かっていなかった。
このとき、わたしも覚悟を決めた。
そうだ。やり遂げなくてはならない。絶対に。
シンジには、“アスカ”のおむつを替えるのではない人生を生きて欲しい。
「じゃあ、あたしがいたずらしたから、とかじゃなくて、
あんたの決意を疑うようなこと言ったから、試すようなことしたから、
それで・・・。
あたし、あんたに、」
「あのさ、やめようよ、こんな話。
自分で言っといて、何だけど。
楽しくないからさ・・・。
明日からは、楽しいこといっぱいしようよ」
「・・・うん!」
「アスカはさ、いたずらしたっていいんだよ。
楽しいいたずら、いっぱいしてよ。
そうだ、今度は、ぼくがアスカにいたずらしちゃおっかな」
「あはは、あんたそんな度胸あんの?」
「ないけどさ、でも、思い出は多い方がいいでしょ?」
「・・・あたしが、起きてるときにしてね」
「うん。でも、本気で怒っちゃダメだからね。
大したことするわけじゃないんだからさ」
「怒んないわよ。
あんたが何したって、もう絶対怒らない。
ホントよ。
あんたのためなら、あたし、何でも、どんなことでもできる。
ほんとに、どんなことでも・・・」
そう、どんなことでも。
もう、ずっと以前に、ファーストが対第16使徒戦のときに
自爆したことについて、遺されたシンジの気持ちを考えたら
そんなことできるはずがない、などと考えたことがあった。
でも、今はファーストの気持ちが分かる。
もしも、それが、シンジを救う最も可能性の高い方法だと
分かってしまったら、わたしには他の選択肢は無い。
そうするしかない。
よろこんで、そうする。
シンジは、暫く黙っていた。
寝たのかな? と思ったら、突然、話し掛けてきた。
「じゃあ、あしたの朝さ、」
「うん」
「ぼくの方が早く起きたらさ・・・、キスして起こしてもいい?」
「え?」
「ほら、白雪姫の話、したじゃないか。
あれから気になっててさ・・・。
ぼくたち、結婚したんだからさ、一回、やってみようよ」
「あはは・・・、ありがと」
「じゃあ、いいの?」
「うん、もちろん。
・・・それが、その、いたずら?」
「うん」
「あはは、いたずらするのにあらかじめ予告するなんて、あんたらしいわね」
「そっかな・・・」
しかし、その機会は決して来ない。
わたしは、身をくねらせて、シンジの方へ向き直った。
「ね、今じゃダメ?」
「え?」
「キスよ。明日の朝まで待たなくちゃダメなの?」
わたしは、最後にキスして別れたいと思った。
「あ、えっと・・・。
だって、そんなにしょっちゅうしてたら、価値が下がっちゃうよ・・・」
「可愛い新妻が頼んでるのよ?」
「ベッドの中で、抱き合ってキスだなんて、危ないよ」
「我慢できなくなっちゃう?」
「かも・・・」
「・・・別に、ちょっとくらいなら・・・」
今日は生まれてから最も多くの嘘を吐いた日だったが、
たった今、「どんなことでもできる」と言ったことだけは本当だ。
そのことを、わたしのたった一つの真実を、シンジに知って欲しいと思った。
でも、シンジの喉がゴクっと鳴るのが分かって、急に怖くなった。
とんでもないことを言ってしまったと思って、後悔した。
それは、そんな方法で伝えられるようなことではないのだ。
「・・・ダメだよ、ダメ。
そんな話してると、ぼく寝られなくなっちゃうからさ、もう寝よ」
確かに、それはわたしも困る。
「悪かったわね、変なこと言って」
「ううん」
「今まであんたのことスケベだって思ってたこと、謝るわ」
「あはは・・・」
「おやすみ、シンジ。
今日は、あんたの腕の中で、あんたの夢を見て寝るわ」
「ぼくも、アスカの夢、見られたらいいな・・・」
「どんな夢見たか、いつか、教えてね」
「うん。アスカもね」
「おやすみ、あなた」
「お、おやすみ・・・」
3時半頃、シンジは寝入った。
わたしは、寝入りばなのシンジを優しく揺り起こして、
寝ぼけた状態から素早く催眠誘導し、後催眠暗示を掛けた。
昼前までは何があっても目覚めないように。
それまでは、わたしが家を出ていったことに気付かないように。
これが、わたしがシンジにする、最後のいたずら。
そして今、わたしは、最後の日記を書き上げた。
シンジ、ごめんね。
お料理を教えてもらう約束だったわよね。
勉強を教えてあげる約束だったわよね。
どんな夢を見たのか、教えてもらう約束だったわよね。
全部破ってごめん。
でも、あの女に、“アスカ”に、シンジの一生を
台無しにさせるわけにはいかないの。
赦して・・・。
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