★2011年リニューアル形式レポート
探索No.1001
《興津坂隧道》(仮称) 【1:隧道の影も形も無いのw】
下見日:2009.12.20
SSレポート提出日:2010. 9.24

HTML版レポート(このページ)提出開始日:2011. 1.11
このページ最終更新日:2011. 4.14
 
目的物件の地図
 
このページは、以前発表しました∬レポートをそのままHTML化したものです。
ですので、地図や画像が見難かったり、無駄な部分があったりしますので予めご了承下さい。
もしよろしければ、失敗作であった拙レポート『HD画質スライドショー形式レポート:興津坂隧道(仮称)』もご覧下さい。
現在のところ、その∬レポート概要ページと∬動画の元になった画像をそのままこのページへコピーしただけでございます。
文章も入力し直さなければなりません。
そのうちに…時間があったらきちんと作成し直したいと考えております。

今回の探索は…当初“ボツネタ”になるつもりで現地に行ったのでした。
例え隧道が無くとも…それをこの目で確かめたい!ってね。
上の航空写真(YAHOO!地図)でYAHOO!地図 ホームマーク(青)を置いた辺りだと思われる位置に、旧版地形図(∬1でお見せします)で小さな隧道記号が在ったのです!!
ところが…ハイ、そーですよね!無いんですよね!YAHOO!地図 ホームマーク(青)を置いた辺りに現在は隧道なんて無くて、過去に存在して開削した雰囲気も感じられず…ww上の航空写真を拡大しても…地図モードで穴が開くほど眺めたりしても隧道は無いですよネ。f^^;

ならば…過去の航空写真を見てみますか。
航空写真画像情報所在検索・案内システム(国土交通省)】で歴代航空写真を検索しますと…
1974年撮影【CKT-74-14_C19_54】、【CKT-74-14_C19_55】、【CKT-74-14_C19_56】を見ても…
……問題の位置にトンネルは無いですね。
1971年撮影【MKT713-C12-5】、【MKT713X-C7-22】ではどーでしょう………やっぱり無いですね!ではもっと前…
1966年撮影【MKT665X-C7-23】では………モノクロだけど、やっぱりこれもその辺りには隧道が無いのがハッキリ判りますね!!

よーし、それならば…
1947年米軍撮影【USA-M50-14】辺りならどーでしょう?………1947年(昭和22年)までさかのぼっても隧道が在った様には見えませんね!!!
しかも、このクネクネ坂道の頂上から海側の興津街中まで全線に渡り隧道らしき様子は感じられないんですよね…
もともと無かったのだろうか?

↑の歴代航空写真…この地に馴染みの無い方は位置が解り難いですね。この後は場所を確認しながら、旧版地形図と一緒に見ていくのでご安心を。^^/

さぁ困った…
もっと昔の航空写真が見たいけど…先ほどの『航空写真画像情報所在検索・案内システム』では1947年(昭和22年)が最古みたいです。ww
では…旧版地形図を提供してくれた方に明治の航空写真を請求しなくては!
   ↑↑↑↑↑地形図提供:『学生服のヤマダ氏』…毎度お世話になります。

えっ?何?なに? 明治の地形図は在っても航空写真は無いって。
じゃぁ…大正の航空写真を見せてヨー。 ←この人、根本的にズレてますf^^;

ところで…航空写真・地図でダメなら(アナタも私もお世話になっている…)【隧道データベースORJ)】で何か手がかりが掴めないだろうか???
そう思い、検索条件を厳しくしないで(←千葉県内全て見るつもりで)ここ興津に関係しそうな隧道(トンネル)を探しましたが…
 1件も該当せずww〜f^^;

考えてみますと、房総の隧道って『隧道データベース』(トンネルリスト)にも載らないローカルチックな物件が多いのも事実でありまして…
今回もそんな…“必要に迫られて村人達が仕事片手間にヒョイと掘っちまった”的な物件でしょうか?
もし、そこに隧道が在ったとしたら…ネ。^^/

さて、今回のターゲット場所は上の航空写真を地図モードにして縮小すれば大体の場所はお分りになると思います。
YAHOO!地図 ホームマーク(青)から南南西2Km位の場所には…以前レポートしました『旧行合隧道』が埋もれかけております。
あなたも…私も…何度か通ったあの場所です!千葉県道177号・興津坂、明治道をそのまま広げた様なクネクネ道…
もし、この県道に明治や大正時代に隧道が在ったとしても…短かった様ですし…道を拡張する時に消滅した可能性が高いですねww
因みに、旧版地形図で隧道が描かれていたのに当時から存在しなかったという“誤植”なパターンにはまだ遭遇してませんョ。
↑ ^^/ (素晴らしい!)
一方、道路改良等により開削(消滅)したケースの方が多いものと思われます。
特に、南房総市では明治隧道がかなり消滅してますよねww
そして、これまでの探索(このレポ作成時点)で…
旧版地形図で隧道は1つとして描かれていた場所なのに現地ではもう1つ在った!!というケースもありました。

それらを考えると…先ほどY!航空写真でYAHOO!地図 ホームマーク(青)を置いた所以外にも隧道が眠っているかも知れません!!


そんな訳で、旧版地形図に描かれていた隧道が現在は消滅していても…
それを証明する為に、または、地形図に描かれていなかった隧道を探しに…あえて藪へ突っ込みたくなる事ありますよね!
ハイ、勿論…私も。f^^; それが今回の探索の目的でした。 では…早速現地へgoGO〜ё/
 
 ★画像をクリックすると、大きいサイズ・高画質で別に出ます!
 ★画像の縁が(←ピンクの枠)の場合は、マウスカーソルを重ねると何か変化があります。
画像番号:101
101

当レポートは…∬レポートに使用した画像をそのまま並べて、文章もコピペしただけでございます。(少し修正を加えました)
見難くて大変申し訳ございませんが…予めご承知下さいませ。



今回は旧版地形図に描かれていたトンネルを探す訳なんですが…
Y!地図で青いマークを置いた辺りが今回調査する場所です!!
画像番号:102
102

ではY!地図をステップ事に拡大して…
今回のターゲット位置や地形の様子を一緒に見ていきましょう!
画像番号:103
103

Zoom!
画像番号:104
104

Zoom!Zoom!
画像番号:105
105

Zoom!Zoom!Zoom!
画像番号:106
106

Zoom!Zoom!Zoom!Zoom!
画像番号:107
107

Zoom!Zoom!Zoom!Zoom!Zoom!
画像番号:108
108

先ほど107の位置・縮尺で航空写真に切替えました。
画像番号:109
109

ハイ、106の地図に戻しました。
画像番号:110
110

ではまたZoom!
画像番号:111
111

先ほど110の位置・縮尺で航空写真に切替えました。
画像番号:112
112

110の地図に戻しました。
画像番号:113
113

また一段Zoom!
画像番号:114
114

先ほど113の位置・縮尺で航空写真です。
ここは千葉県…特に高い山は無いんですけどネ。f^^;
画像番号:115
115

113の地図に戻しました。
画像番号:116
116

ハイまた一段Zoom!
画像番号:117
117

先ほど116の位置・縮尺で航空写真。
画像番号:118
118

116の地図に戻しました。
画像番号:119
119

もう一段Zoom! ハーイ、ここまで拡大しましたが…
青いマークの辺りにトンネルなんて1つも無かったですよね!
画像番号:120
120

うんでもって、航空写真だとこーなってます!
画像番号:121
121

ご一緒にY!地図の航空写真を最大まで拡大した訳なのですが…
無いッスね!トンネルが無さそうなのは一目瞭然ですね(残念)
画像番号:122
122

ハイもう一度、先ほどの青いマークが復活なのですが…
旧版地形図ではその辺りにトンネル(隧道)が在るんですよ!
画像番号:123
123

という事で、Y!地図を地図モードに戻して…
画像番号:124
124

縮小します…
画像番号:125
125

!mooZ (←Zoomの反対のつもり f^^;)
画像番号:126
126

!mooZ!mooZ
画像番号:127
127

!mooZ!mooZ!mooZ
              で、Y!地図がこの縮尺のまま…
画像番号:128
128

旧版地形図と並べてみました! 水色で囲った所にご注目を!!
因みに…ピンクで囲った所、あの【旧行合隧道(仮称)】です。
画像番号:129
129

つまり…明治〜大正辺りには存在し、現在は開削されちゃった!
という訳でしょーか。(T_T)  旧ルートは無さそうですね…ww
画像番号:130
130

じゃぁ…過去の航空写真に何か手がかりは写っていたりとか??
ハイ、Y!航空写真と1974年の航空写真の比較…ダメね!!
画像番号:131
131

次は1971年(昭和46年)の撮影。
ちょっと見難いけど…トンネルは無いのがハッキリ判りますね!
画像番号:132
132

つづいて1966年(昭和41年)撮影。
あーあ、この頃もトンネルは無いやw
画像番号:133
133

最後は1947年(昭和22年)撮影。…しかも米軍が撮影!!
流石にこの頃は“隧道”と呼びたい位だけど…無いッスね!ww
画像番号:134
134

ここ『興津坂』に明治や大正には存在したかもしれない隧道…
きっと、この道を改良と同時に消滅したのかもね…素掘隧道。w
画像番号:135
135

もう一度、新・旧版地形図を眺める…
確かに多少線形等に誤差はあるものの…うん、ダメだこりゃww
画像番号:136
136

地形図や写真をずーっと眺めていたので、
あぁ…目が痛い(>_<)

(←私の姿ではありません。実家の猫です…。)
画像番号:137
137

さて、何だかんだ言いながら…現地へ到着しちまいました!f^^;
この137番で示す青いマークの位置にかつて隧道が在った筈…
画像番号:138
138

私もここを何度も通ってますし、無いのは分りきってますけど…
正面奥のカーブミラーを覚えていて下さいね、そして次画像へ…
画像番号:139
139

ハイ、先ほどカーブミラーとカーブに近づきました。
因みに、そのミラーの後ろの陰とかにも旧穴は無かったですョ!
画像番号:140
140

先ほど139番のカーブミラーから問題の位置を見ています…
ここには私が物心付いた頃既にトンネルは無かったと思います!
画像番号:141
141

先ほど140正面右の電柱を目印にその電柱方向を見てます…
うーん…もしかして、このちょっとした切割りは隧道の址なの?
画像番号:142
142

もう一度140のカーブミラー前から…。
今度は路面の制限速度“40”表示の位置を覚えながら…次へ…
画像番号:143
143

さて、今度は赤いマークの位置から見てみましょう!
137番の青マークから赤マークの間に隧道だった筈ですよネ?
画像番号:144
144

Σおっと!交通の邪魔になりかけてますね…スミマセン。f^^;
画像番号:145
145

さて、正面左のカーブミラーとその右奥路面の“40”の位置を
しっかり覚えておいて下さいねー。期末試験に出ますヨ!←ウソ
画像番号:146
146

ハイ、先ほど145番の位置から数m進みました。“40”目印
ハイ、かつてここに隧道〜!だったんでしょうね…。
画像番号:147
147

その路面の“40”を目印に…違う角度から見ています。
正面の小山…隧道の残骸かもね。次はあのガードレールへ接近…
画像番号:148
先ほど147で見た角度のままで、そのカードレールの先から下を見下ろす…うわwこんな急斜面です!!

だから昔は迂回せずこの小山を隧道で抜けてたのね…。
画像番号:149
149

この右の山側(法面)も調べましたが…穴は無いです!←撮忘れ
という訳で、ここ『興津坂』県道177号の隧道説は消滅wえ?
 
【お詫び】
1ページ〜12ページ(∬レポート)は、レポート仕様の改良・試験時期に作成したもので…
13ページより前は、以前発表しました∬レポートをそのままHTML化したものです。
ですので、地図や画像が見難かったり、無駄な部分があったりしますので予めご了承下さい。申し訳ございません。
もしよろしければ、失敗作であった拙レポート『HD画質スライドショー形式レポート:興津坂隧道(仮称)』もご覧下さい。
現在のところ、13ページより前は∬レポート画像や文章をそのままこのページへコピーしただけでございますが、いづれ改良するかも知れません。時間の都合上無理かも知れません…。(他のレポが優先になってしまうかも知れません…)
いつか…時間があったらきちんと作成し直したいと考えております。
 
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