京都北山東~西部京都一周トレイル(5)’15.3.12 曇り

 いよいよ春めいてきました。冬期は中断していた京都一周トレイルの案内が今月から始まります。コース内のトイレ設備やバス乗降待機箇所等を含めたチェックも必要です。そのようなことから閑散期を利用してのひと歩きとしましょう。今回は大原戸寺から十三石橋そばにある山幸橋バス停までの約12kほどの歩きでした。

 最初の道標北山24番そばの「味工房 志野」の駐車場ですが、やや狭くてバスの駐車には一苦労のようですが、短時間であればなんとかできるでしょうか・・?。バスの待機は少し先にある有料駐車場利用でやむを得ないようです。
 また。本日歩き始めた時間(8:15)ではまだ開店前でしたが店内にあるトイレは前回確認済で、清潔な設備となっていたので安心です。もちろん、店内のお土産物も新鮮地場野菜、よもぎ餅にドレッシング等品種もとりどりで喜ばれることでしょう。

 スタートあたりを十分観察でき、いよいよ道標24番から歩き始めますが、道そのものは何度もスルーしているために、新鮮さは感じませんが、これは致し方ないでしょう。せめて案内当日のポイントを考えながらとします。
 ここまでの比叡山の中ではいろいろ歴史的なご案内が必要でしたが、今回のコースはそんなにたくさんの歴史、文化等の案内ポイントは多くないために楽なものです。でも、そうはいっても歩くばかりでなくいろいろな歴史民話等はしない訳にはいきません。

 民家や畑の続く中を道標の案内で27番を左折して進めば、宮川第二橋あたりの民家の庭先には「西之村霊神之碑」がたっていますが、これはおつうという娘さんの蛇身が退治され、この森に眠るという悲しい言い伝えです。
 また、今回のこのコース案内予定の来月には江文神社の馬場あたりは桜並木が、さぞ、きれいで楽しめることでしょう。そして江文神社にも立ち寄りましょう。この神社は大原郷の産土神として古くから崇敬されていたようです。創建は明らかではないようですが、江文山(今の金毘羅山)のご神体として創建されたものであろうといわれています。
 金毘羅山といえば神社の奥に岩登りのゲレンデがあり、岩好きのクライマーが練習によくやってきています。今日も知り合いのガイドと会いました。そのようなことから、神社横に設置のWCもよく使用されているような感じです。

 
江文神社

 さて、この江文神社といえば「大原のざご寝」ということが小説家の井原西鶴の好色一代男に出てきて世に知られるようになったようです。それは大蛇が蛇井出村の大淵という池に棲んで、時々大暴れするので、男女が節分の日に江文神社に集まって臥して隠れるようになったようです。ところが、一村の男女が一か所に集まり、灯を消すことから風紀上いかがわしく、明治以前に禁止されてしまったと伝えています。

 神社から道標29番に戻って害獣保護柵を入って、江文峠へ谷筋道を緩やかに登り上げます。この峠には金毘羅山(572.8m)への登山口があり、また、その奥には残りの大原三山の二座である翠黛山(577m)に焼杉山(717.6m)も待っているところです。トレイルはこの峠より山道を降って静原小学校前を進みます。この小学校は今年140周年を迎える伝統校でもありますが、聞きますと生徒は合計22名とのことで、少子化の波は全国に広がっているようです。

 道標33番でバイパス道路へ右折ですが、正面には姿よく地元の人たちに愛されている蓑ノ裏ケ岳(432.7m)が飛び込んできます。できればこの頂にも踏みに行っていただきたいものです。集落の中を静かに歩かせていただきましょう。すると児童公園の隣に静原神社です。もちろん、公園にあるトイレも使わせていただきましたが、きれいに管理されています。トレッカーは汚さないように利用させてもらいましょう。

     
蓑ノ裏ケ岳が正面に    振り返れば 金毘羅山

 なお、この神社の祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)で、また、天武天皇(631- 686)が逆徒に襲われた際には、この地に赴き、身も心も静かになったとして、以後「静原」と称されるようになったと伝えられています。

 この後の道はか細くなって気の毒なほど狭いところを歩かせてもらいます。でもほとんどというよりどなたの姿にも出会いませんでした。京都市でありながらこのような開けた地域にも拘らず、過疎化・少子化は目にあまります。

 いよいよ静原の里を抜ければ山の麓沿いに入りましょう。途中にはずっと先ほどらい蓑ノ裏ケ岳を見ながら歩けます。田んぼ道から突然簡易舗装路の坂が見えると、バブルの頃の残骸でしょうか。荒れ放題の別荘跡地ですが、これがまた急坂の上りで、本日コース一の急傾斜でしたでしょうか。でも薬王坂まで短いですからゆっくり登りましょう。

 途中にはまだ使われていそうなロッジがあり、その前には枯れた古木の松の木の根元に石碑があります。どうやら南北朝時代の弥陀二尊板碑が祀られています。貞治三年の刻銘で、どうやら651年前に祀られたようです。それでは松の木の大木も枯れてしまうはずです。これより5分で薬王坂(10:00~05)到着でした。

     
 弥陀二尊板碑地    薬王坂

 峠にはいろいろな標識がたっています。その中に薬王坂とは「昔、伝教大師最澄が鞍馬で薬王如来の像を造り、比叡山に帰ろうとしてこの坂を越えた時、薬王がその姿を現したことからその名がつけられた。」とありました。これより15分ほどで鞍馬寺門前(10:15)でした。さすがにこの時期寒く、若人達の観光客も数えるほどまばらな数のお訪れでした。

 
鞍馬寺門前

 鞍馬山はいわずと知れた源義経が若き日に牛若丸と称して修業に励んだ地であります。また、鞍馬寺は鞍馬弘教総本山で堂々たる佇まいを見せてくれます。本殿のお参りがまだの方は最初の石段から自らの脚で登ってみてはいかがでしょうか。

 さて、一周トレックは鞍馬街道を歩かず、叡電で二ノ瀬駅まで運んでもらいましょう。ところがここ二ノ瀬から夜泣き峠までの登りがまたまた急登となりました。でもゆっくり時間をかけて4~50分で登れるでしょう。私はこの間に木々の観察をしながら登ることにしました。

 最初は富士神社の手前でイヌガヤ科のイヌガヤ(↓3枚の画像)でした。山歩きの中で、よく似るイチイ科のイチイ、カヤなどとの区分ができる方は多くはなそうです。分かり易い同定ポイントは葉を握っての感じ方が分かり易いでしょう。一番痛いのがカヤ、すこし痛そうなのがイヌガヤでほとんど痛くないのがイチイでしょうか。
 もちろん他にも区分点はあります。たとえば葉裏の気孔という白い幅の広さです。一番細いのがカヤ、一番広いのがイヌガヤで中くらいなのがイチイでしょうか。でも、この比べ方は三種が同時に手元にないと困ります。そして、個体数の多いのがイヌガヤまたは近縁種のハイイヌガヤで、カヤやイチイはそう多く出会うことは少なそうです。

         
 葉は尖ったように見えるも、握ってもそう痛くない    開花は3~4月早い   葉裏の白い気孔は広い 

 次の観察はアベマキでした。この種も案外知られていないようです。これはブナ科のコナラ属ですが、酷似する近縁種にクヌギがあります。少し知った方なら、アッ、これはクヌギかアベマキどっち・・?、と声が出ます。では、肝心の同定ポイントはどうでしょうか。いろいろ区分点はあるようですが、素人目に分かり易いのはやっぱり、葉裏しかなさそうです。
 簡単にいえばアベマキの葉裏は灰白色、難しくいえばこれは星状毛がびっしりと密生しているため白っぽく見えるのです。ところがクヌギの葉裏は脱落しやすい黄褐色の軟毛があることで、アベマキのように白っぽく見えず、薄い茶褐色の感じです。
 相違点は葉裏が白いか白くないかの見分けで、白っぽければアベマキと同定すればよさそうです。もちろん、他の点でも相違点はありますが、それぞれが同じような場合ありのためになかなか分かり易い同定ポイントにはなりにくいことになります。

     
  葉は左が表、右が裏で白っぽく見えるのでアベマキ、葉の下はどんぐりがはずれた後の殻斗 

 さて、そんなこんなで夜泣き峠到着です。峠の駒札に「幼少の頃の惟喬親王がここで夜泣きして、困った乳母がそばの地蔵さんに参ったところ泣きやんだ。」との謂われのようです。詳しくは↓の画像をご覧ください。


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 一息いれて本日のコース一番の高みである向山(420m)へ進みましょう。歩きやすく整備された緩やかな尾根道が続きます。来月歩く時にはうまくいけば気の早いコバノミツバツツジがきれいに咲いてくれていればいいのですが・・・。そして向山の尖った山頂は小広く気持ちやすらぐ頂です。山頂から北には貴船山あたりでしょうか、この間越しに覗いています。南の眼下には鞍馬街道を走る車の列も見えました。
 静かで静かでもう少し気温が高ければゆっくりしたかったのですが、北からの風が腰を浮かせてしまいました。この時期ですからなかなか観察もどうしようもありません。ところが多くのモチノキ科のソヨゴが黄色い幹で並んでいる群落地のところへやってきました。

 おっ、観察第三弾だ。と立ち止まりましょう。これまでから以前はソヨゴを好むスミレモと話すくらいでしたが、近年の情報ではどうやら気生藻類のプリンツスミレモと言われているようです。山歩きの中でこの黄土色の藻類は山中の樹木ではソヨゴがほとんどで、他の樹種では私は見た覚えがありません。また、林道歩きの中の法面がセメント状で枠が積まれた壁面でも、この黄土色の藻類があちこちで見られます。
 その相違点は山中のソヨゴはほとんど乾燥地に多いようですが、林道の壁面ではほとんどが上部から水が垂れ下がっているような濡れたような箇所が多いように見受けます。でも、藻類ましてやプリンツスミレモなどといわれても素人自然人には到底理論的についていけないのが実情です。トホホ

         
                     黄土色に見えるのがソヨゴに着生した『気生藻類のプリンツスミレモ』

 こうして、ベンチ設置個所の小ピークから東北部CCの散策路の標示の立つ地まで降りてきますと、下部へ白い大きな煙突や建物が見えてきました。どうやらクリーンセンターのようです。ほどなく歴史ある関電洛北発電所到着で左上には十三石橋が見え、車道へ上がれば道標55番で本日のゴール(12:45)となりました。
 ここを左折してすぐに山幸橋バス停が三叉路にあります。でも、困りました。この付近でバスの回送地とし、ここで乗り込む予定なのですが、クリーンセンターへの出入りでしょうか、すごいスピードで走行する車両がけっこう多くあって、バスを駐車させるにはそのスペースが見当りません。要検討としましょう・・・。汗

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