比良ホッケ谷右岸尾根から小女郎ケ池ケルン地’15.8.15 曇り

 JR蓬莱-ホッケ谷右岸尾根-P735-ホッケ山-小女郎ケ池ケルン地-池-峠-小女郎谷-薬師滝-JR蓬莱

 

 今回はホッケ谷右岸尾根のP735下から南尾根間における、はっきりしない踏み跡の中に多い冬期間の雪による倒木等の整備登山をやってこようと猛暑の中を登ってきた。それにしても暑さバテがひどかった。JR蓬莱駅を9時半前に出て、途中志賀中あたりから見上げる蓬莱山方向は雲をかぶって雨は大丈夫だろうかと心配しながら、長時間の林道歩きによるCa394あたりが登山口で、駅から約300mの高さを1時間もかかって登ってきたこととなりそうだ。

 登山口すぐ上には北浜県営林の標識Ca405が立ち、その前を左から北向きに登り上げ、さらに小ピークまで来るとふたたび北浜県営林の標識Ca493mに出会ったのは登山口から15分ほどだった。そして二つ目の標識から10分もしないで南尾根後半のピークでもあるCa540への不鮮明地の最初の整備を北向きにしよう。
 なお、ここは右への北東向きに古道が少し上がっているが回り道となり、その間にも倒木ありのことから、北向きへの真っ直ぐに上がっている踏み跡を整備としたものである。鋸でか細い道への枝切りだ。ここはアセビ等の木などで細いことからたやすい。

 

 そして次は、少し進めばCa552あたりで南尾根から北北東(右)へ緩やかに登る昔の仕事道らしき古道に向かうこととなる。わずかに進めば以前からの倒木が道を塞いでいるため、これまでは潜って通過していたところだ。この倒木の細い部分を狙って枝切りとし、これで道はスカッとした。

 

 そして、一直線の仕事道だろうその終点のCa620あたりに到着だ。さぁ、これからがこの尾根歩きの中の迷路のようなか細い道が続くのだ。この場所を①とし、左(西)へ、右(北)にと繰り返し、⑨の左折点で迷路は終点となる。それではこれより迷路の作業にかかろう。

 最初の左折点の手前で、以前からの雪で倒木となっていた樹木が枯れ枝となって道を邪魔していた。これらの整備としよう。もちろん、ザック等を降ろして鋸作業であったが、なんとか枝落としをすませて倒木の枝が邪魔をしなくなってくれた。

 

 問題はこれから9回(最初は左折)も繰り返すジグザクの薄い踏み跡が続き、通過者が不安にかられる部分を枝落としや、雪がかぶされば道を塞ぎそうな箇所の整備としよう。この間は無雪期の今でさえも気を許せば、③④あたりは、あれ、どう進むのだろうとハッキリしない道が続くため、冬期のトレースなき時にはなおさらの区間である。
 でも整備しすぎるとこのように集中してのルーファンの楽しみとなる歩きを好んでやってきた人には、かえって迷惑となろうと整備はほどほどとしたつもりである。だがこの間は作業に追われ、写真をすべて忘れてしまった。

 そして最後⑨の植林帯と雑木林帯の切れ目手前に着いた。今冬の積雪により倒木が完全に道を塞いでいたので、ここをしっかりと整備したのだが、これで下りの場合でもP735から降って植林帯から自然林に突き当たるCa697あたりだろうか。この先の進む方向はうろうろしなくていいだろう。もちろん、登り時であっても最後の広場がはっきりし、左折してP735へ登れることだろう。


上から見て倒木で道の先が見えない

 こうして、P735下の右折して下ればホッケ谷へのT字路にある一四標石地で20分ほどのお昼とした。さぁ、登ろう!、すると15分ほどで古道を以前から塞いでいる二ヶ所に上ってきた。だが、こちらは倒木が下の時よりも大がかりであり、また二ヶ所とも斜面を登るか降るかすれば比較的容易なために手はつけないこととした。

     
下の倒木箇所    上、この間は2~3分ほどだ。 

 さぁ、これで倒木地等は終わりである。ホッケ谷T字路から半時間ほどで縦走路へ押し上げ、後はホッケ山(1050m)とCa1090あたりの小女郎ケ池ケルン地へ登るのみだ。今日はお盆だ。55年前に遭難された洛陽登高会の方のケルンに御参りとしよう。その方のご兄弟はまだ健在だろうか・・合掌

         
 ケルンそばから蓬莱と武奈(左)    遭難碑(1960.4)    小女郎ケ池越しに蓬莱

 御参りの後は小女郎ケ池へ降り、そして峠より小女郎谷へ降ることとしょう。こちらの谷筋では何か咲いていたらいいなと期待しながら足元のよくない小女郎谷にとりついた。しかし、この時期だ、秋花はまだこれからでヤマジノホトトギス(ユリ科)が咲いていたくらいだった。

 なお、この花はホトトギス、ヤマホトトギスでもセトウチホトトギスでもなく、もちろんチャボホトトギス、タマガワホトトギスでもないヤマジノホトトギスであった。このヤマジノホトトギスの特徴は花被片が水平に開き、花柱にはヤマホトトギスのような斑点がなく、花被片や雌しべの先端に斑点がある種であり、個体数もこの山域では圧倒的にヤマホトトギスの方が少ないというより、出会うのはほとんどがヤマジノホトトギスばかりのようだ。

 
ヤマジノホトトギス 

 これまで普段から見ているゴンズイ(ミツバウツギ科)は日当たりがあまり良くない所にあったために目立つほどの樹木ではなく、そう気にしてはいなかったのだが、今回の場所は極めて太陽の恵を受ける地にあったので、すごい実成りが目に飛び込んできたのは感動ものであった。今後この場所は忘れることはなかろう。

 なお、↓の画像は果実の裂開前だが、9月も過ぎて涼しくなってくれば果実は弾けて中から黒光りの種が2~3個顔を出してぶら下がってくる。↓のような姿より裂開後の状態が長く目にふれる場合が多いようだ。というより、真夏のこのような状態を見る登山者はほとんどないのかもしれない。こんな酷暑の頃にハイキングする気狂いはそう多くはないだろう。そういう私も果実が裂開前の状態でのゴンズイを目にしたのは初めてであった。笑

 さぁ、賢いあなたはハイキング日和になる9月下旬から10月ころにゴンズイの黒光りする二つの目玉のような姿でぶら下がっている独特の姿を探して見てはどうだろう・・・。そうそう、ゴンズイといえば海の魚の名でもあるのだが、樹木と魚で同じ名前を持つ種は知る限り七種あるようだ。この他ではカマツカ、キハダ、ハギ、サワラ、ヒイラギにタラだ。他にもあるヨと、ご存じの方はメールにてお教えいただけるとありがたいのだが・・

     

 また、アケビの仲間でもあるムベ(アケビ科)が鈴なりの果実をつけてぶら下がっていたのにも驚いた。

 ところで「ムベ」といえば「ムベなるかな(いかにももっともなことであるなぁ)」との伝説の果実でもあることをご存じでしょうか。ネットによれば天智天皇の一言が語源であるといわれているようだ。ネット状の新聞の記事によれば「琵琶湖のほとりに位置する滋賀県近江八幡市の北津田町には古い伝説が残っている。蒲生野に狩りに出かけた天智天皇がこの地で、8人の男子を持つ健康な老夫婦に出会った。

 「汝ら如何に斯く長寿ぞ」と尋ねたところ、夫婦はこの地で取れる珍しい果物が無病長寿の霊果であり、毎年秋にこれを食するためと答えた。賞味した天皇は「むべなるかな」と得心して、「斯くの如き霊果は例年貢進せよ」と命じた。」とのことのようだ。


 上記以外に見られた果実類等はダンコウバイ、キブシ、ヤマコウバシ、ゴマギ、ヤブデマリ、ガマズミ、ムシカリ、クマシデ、エゴノキ、ウツギなどや、秋花のゲンノショウコ白花が咲き、ウツギの仲間で最終ランナーとして知られるノリウツギの残花がまだ見られた。

 最後に小女郎谷の名勝でもある「薬師の滝」にも立ち寄って、猛暑日のお盆にほとんど出会わない静かな日のハイキングをし、結局雨は一日もったのだがバカな見本の一日だったと、一人もの思いにふけりながら、ひとときの涼を求めているのであった。。

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湿原の花巡り 峰山から朝日峰