比良 サカ谷南尾根から蓬莱山 ’15.12.14  晴

 坂下-サカ谷南尾根-P762-ケルン地-小女郎ケ池-P1101-蓬莱山-縦走路-ホッケ山-ホッケ谷右岸尾根-P735-JR蓬莱

 これまで小女郎池西尾根と書いていたのだが、この表現ではどうしても小女郎ケ池が先に出てくる感じで、何かよりよい表し方がないのだろうかと気になっていた。今回歩いてみて、坂下からの登山道はサカ谷道という一般コースがやっぱり登山者には知られていることを思い出した。そうだ、この表現を入れたほうがより分かり易いだろうとのことで、サカ谷の南側の尾根へと変更することとした。

崩坂改修記念碑

 さて、坂下のバス停手前の葛川橋(9:30)を渡って、登山者ならどなたでもご存じのそのサカ谷道を見送り、右折すればこれまで気がつかなかった小さな丸っぽい「崩坂改修記念碑」の横に説明書きが立てられていた。今年の6/22にも歩いていたが、その時までは説明書きはなかったので、足も止まらなかった。

 調べると『坂下町葛川橋南詰め付近、安曇川右岸の若狭街道旧道沿いに立っています。文政六年(1823年)6月の建立で、高さは69センチメートルの記念碑です。崩坂は街道中の難所で、その改修は待ち望まれていました。』とある。
 文政六年というとオランダ人のシーボルトが来日した年のようだ。いやはや、大昔からの坂道がたびたび崩れ、あたりの人たちの往来に長年苦労あって、村の庄屋の尽力によってようやくにして改修とあいなったようで、改修による村人の喜びの石碑となったのだろう。
 しかし、現在は崩坂という名に逆戻りとなっているようで、車も進入禁止となっている。我ら登山者のすくいは環境省による近畿自然歩道と指定されているくらいだが、肝心の登山者の利用も皆無といっていいくらい寂しいのは残念である。

 この崩坂を上がれば、すぐで右下に坂下トンネルを出入りする車が走る。そして行者山トンネルの上が今回の取りつきであるサカ谷南尾根の末端だ。緩やかにほぼ東へ伸びる雑木の尾根を行こう。上の方には植林帯もあるので、仕事道となっているようだ。
 それにわずかに物好きな登山者も入っているようで、それとなしの踏み跡らしき様相や、時々テープらしきものも忘れたころに出てくる。ネットで見れば、以前にはブログ等はほとんど皆無に等しかったが、近年はそれでも数えるほどの人がほとんど下りでなく登りで歩いているようだ。

 Ca580の平な地は檜の植林が広がって薄暗い場所だったが、最近伐採の手が入ったようで、やや明るくなっており、鹿の食害防止のための緑色のテープがほとんど巻かれて異様な景色となっている。この先は北側の境界を東へとり、小さなコルへ降るが、この一帯は伐採木が散らばって足を取られて歩き難くなっている。そして、すぐに本日一番の急登となるのだ。

 この急登はスノーシュー時には辛いが、今の無雪期は標高差100mほどを400mほどだからなんとか登ろう。しばらくで緩やかとなれば自然林となって、この広場はP762(10:25~35)だからここで一本だ。目の前北東よりの頭たちはサカ谷道コースの面々だろう。反対の西側を振り向けば皆子山へ続くP941への手前の頭だろう。こんな景色を眺められる雰囲気がすばらしく見とれて西側の写真すら忘れてしまった。

 この後はやや登りの自然林が続いて南東よりに尾根が続いて次第に広くなってきた。それからまた東よりに進むことを知っておこう。というより、植林帯に入らず自然林を行くことだ。さらに登り坂となれば左の境界あたりにはブナの大木が見下ろしている。このあたりより北よりの境界に踏み跡がはっきりするのでこれを進もう。
 いよいよ、Ca900あたりから広っぱのような尾根に切り替わってきた。この先が穏やかなすばらしい尾根が東へ続いてくれる。ミズナラ、カエデなど落葉樹の自然林がどこまでも続いてほしい。これぞ稜線漫歩との表現ぴったりであろう。来年は積雪期だけでなく、5月下から6月上旬あたりにもこの景色を目にしたいものだ。どんな樹木の花たちが出迎えてくれるのだろうか。本日のコース一番の見どころを楽しんだ。

 この尾根もさらに広く感じるようになれば、右の南側のアゼチ谷の上部の尾根と合流することとなって、さらに広尾根が見事に空の下へ続いている。この辺りまで来ればやや坂が急となってきて、北東よりに切り替えよう。最後の登り坂を上がれば、足元にはシダ類がはびこり、短い笹の広場に葉を落とした低いタンナサワフタギや葉をつけたアセビなどが散らばっている。
 これより少し上がって後ろを振り向こう。このパノラマ地が本日の二つ目の見所となるのだ。それは京の北山が大パノラマである。でも今日は12月の中旬であるというのに、温暖化現象により例年になく暖冬の様相である。そんなことから展望には飛び上がるほどではなかった。その楽しみは来月の雪時にとっておこう。

 このシダ類の広場を進んで、今回のサカ谷南尾根最高地(Ca1090)であるケルンの立つ場所までこんもりとしたアセビの群落を縫いながら進めばケルン地だった。(11:30~35)、まずは手を合わせて頭を垂れよう。55年前に建立された京都洛陽登高会の方の碑だった。蓬莱、武奈をバックに本人さんもさぞお喜びの場所ではないだろうか。

 この後もこれから上がる蓬莱山と小女郎ケ池をしみじみと眺めよう。そして池畔よりさっきいたケルン地方向にも目を向けて見た。縦走路から小女郎ケ池(Ca1060)往復だけの登山者が多いのだが、その方たちは見える稜線は気にならないのだろうかといつも思ってしまう・・。

 そして小女郎ケ池へ降り、峠ではなく笹原の中の登りにはP1101を踏んで、縦走路から蓬莱山へ登っていこう。1等三角点に挨拶しようと山頂についてみると、こちらのゴンドラは17日まで雪不足のために、いまだにスキー場オープンとはならず休業中とのことで、人っ子一人も姿はなく、静かな山の神の休憩所でお昼(12:00~25)とさせてもらった。そのいつもの休憩所は「比良大神奥宮社」とあり、比良大神様が祀られている。

 さて、深閑とした蓬莱山も久しぶりのことだ、やっぱり山の頂は静かなのがいいよなと思いながら下山としよう。下り道は縦走路をホッケ山まで降り、その先からいつものホッケ谷右岸尾根を蓬莱駅へ下ることにしよう。
 ところが取りつきから7~8分のところへ最初の大きな倒木が道をかぶさっており、手前の右斜面を降りることにする。その下にはブナ林のいい景色だなと思って降りれば、またすぐに最初の倒木から3分で二番目の倒木である。この地も倒木すぐ手前左へ急降下だ。
 これで倒木は済み、やれやれだと思った瞬間に2番目から2分で目の前にまたしても三番目の大倒木だ。とても木の下を潜れそうもない。と手前から右斜面へ降りて行こう。おかしいな、確か8月に登った時には二ヶ所だけだったのにと思いながら降りれば、今度は3分でイヌブナが並んでいるのが目についた。
 これで倒木は終わりだろうと歩けばまた、大倒木の四番目が3番目から5分であったことになる。この四番目の倒木はすぐ前の左の斜面を駆け下って踏み跡に戻れば、2分で一四の境界石埋まるホッケ谷へのT字路に着いた。
 上の縦走路から20分で降りてきたことになる。それにしても大木が四か所に増えていたのにはびっくりであった。この大倒木の③と④は先の8/15以降の倒木となったものであろう。この時期ならどうってこともないのだが、積雪期となればいらぬ労力を使うことになろう。注意したいポイントである。

 ①   ② 
     
③     ④
     

 このホッケ谷分岐から谷へは下らずに尾根の直進でわずかに上れば、そのピークが735だ。これより6~7分で植林帯から自然林に突き当たり、この尾根筋のお楽しみの一つである迷点が出てくる。①最初の分岐(Ca690)は右折から⑨(Ca620)の右折点へ、右に、左へを繰り返して降りていけば、はっきりした最後の⑨右折点へつくはずである。
 その後からの道は南南東への仕事道のようで道型がはっきりしているために、南尾根に乗れるだろう。とはいっても積雪期には⑥から⑦の間はやや分岐が不鮮明のために十分な注意が必要だろう。もちろん、積雪期であれば、この夏道にこだわらずに南尾根の方角を読んで急斜面の小枝を頼りに下山は可能だろうが、リスクが高く避けたい。

 縦走路からの下山路は取りつきから林道までは無雪期であれば1時間くらいで下山可能と思われ、そしてJR蓬莱駅には下山口から別荘地より志賀中学校経由で1時間もかからないで歩けるであろう。なにはともあれ、今回のコースでは土日であっても縦走路、小女郎ケ池、蓬莱山頂以外では、まず貸切の静かな歩きが楽しめること請け合いである。無事の山行を祈りたい。

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